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意匠権とは デザインが戦略になった歴史的経緯を解説【登録事例付】

2022.4.26 更新

トレードマークが付いていなくても、誰もがどこの会社の製品かわかるのは、コカ・コーラのボトルではないでしょうか。この独特のデザインは、ニセモノ対策の結果誕生したものです。その背景には、次のような事情がありました[1]

1906年、ボトリング会社の販売権利を保護する第一歩として、コカ・コーラ社はカラフルな商標を配した菱形のラベルを導入しました。これは模造品との差別化を図るためのものですが、一つの欠点がありました。当時、「コカ・コーラ」は氷水の入った樽の中で販売されることが多く、水の中ではラベルがはがれてしまったのです。さらに、ラベルまでそっくり真似する競合他社も出てきました。

競合他社の模倣対策がきっかけとなり、新たなボトルデザインの検討が行われた結果、今や皆が知るほどに有名な「コカ・コーラボトル」が誕生しました。そして1923年、コカ・コーラは、ボトルのデザインを意匠登録しました。

意匠権は、工業デザインの権利者を保護する知的財産権です。意匠登録をすることにより、コカ・コーラのようにニセモノに対抗する手段を得ることができます。

今や、意匠法の保護の範囲は、画面デザインから、建築物の外観や内装デザインまで広がっています。それは、企業のニーズや海外の権利化傾向の影響を受けて保護される範囲が拡大したためです。

意匠権はもはや「ニセモノ対策」のためだけのものではありません。意匠登録の対象が拡大することにより、企業の多様なブランド戦略マーケティング戦略への活用が期待されています。

今回は、コンプライアンスのプロが、意匠権の歴史について、その始まりから最新トレンドまで歴史を変えたエピソードを交えてご紹介します。

本稿が、今後のコンプライアンス対策やビジネスの発展の一助になれば幸いです。

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[1] 日本コカ・コーラ株式会社「今、明らかにされる 「コカ・コーラ」ボトル誕生の舞台裏」,『Coca Cola JOURNEY』,2016年1月13日,https://www.cocacola.co.jp/stories/history-of-the-coca-cola-bottle (閲覧日:2021年11月10日)

1. 意匠権の歴史 その発端と各国での保護の広がり

意匠権は、いつ、どこで、どのような背景で保護されるようになったのでしょうか。本章では、意匠権の誕生のきっかけと、各国における発展について見ていきましょう。

1-1. 仏国で織物の図案保護から始まった意匠権

意匠権の起源は、1711年、絹織物の図案に対して模倣を禁止するために仏国リヨンの執政官が出した法令だと言われています。リヨンは、15世紀頃国王が南仏で養蚕業を発展させるよう指示したことをきっかけに、絹織物の街として発展し、当時仏国第2の都市となっていました。

当初、この法令の適用範囲はリヨンに限定されていましたが、1787年に仏国参事院の諮問に基づく法令[2]によって仏国全土に拡大されました。

その後、フランス革命によって廃止されてしまったものの、1806年には新しい形で再び意匠権を保護する法律が生まれます。法律に基づきリヨン工業審理会が設置され、この審理会に絹織物の雛形を寄託することで、意匠が保護されるようになったのです。

1902年には著作権法が改正され、装飾的彫刻と図案が著作権法で保護されるようになりました。本格的な意匠法が制定されたのはその少しあと、1909年のことでした。

英国では1787年、独国では1876年意匠法が制定されています。いずれも、最初は織物などの図案雛形保護するための法律でした。このように、意匠権は織物産業のニセモノ対策から始まったのです。

米国では、1842年意匠の保護が始まりました。しかし、当時は意匠法ではなく、特許法、著作権法、商標法により、意匠権が保護されていました。現在でも、米国には他国のような意匠法はなく、特許法の中で意匠特許(Design Patent)として保護されています。

1-2. 美術工芸品の保護から始まった日本での意匠権

日本における意匠法は、美術工芸品模倣対策から始まりました。

1873年、明治政府は初めてウィーンで開催された万国博覧会に公式に参加しました。その時に出展した日本の美術工芸品は大人気となり、ジャポニズムと呼ばれる日本ブームを巻き起こしました。

その後、日本の制作者には多く注文が入りましたが、生産が追いつかず、質の悪いニセモノが出回るようになりました。しかし、取り締まる法律がなかったため、同業者が組合を設立し、模倣品対策をしていました。

その後、高橋是清の尽力によって、意匠の保護が始まりました。高橋是清は日本の特許庁の初代長官であり、その後、大蔵大臣、総理大臣として活躍した人物です。彼は、特許法の立役者だっただけではなく、欧米の意匠法を視察して必要性を認識し、帰国後の1888年に意匠権を保護する意匠条例を制定しました。そして1899年には、本格的な意匠法が制定されました。

1-3. 2019年の意匠法改正の内容とその影響

最初は工業製品の形状デザインの保護から始まった意匠権ですが、2019年に、明治時代の意匠法制定以来の大幅な法改正が行われました。

それにより、従来の物品に加えて、画面デザイン、建築物の外観と内装デザインも保護されるようになりました。

IoTやAIによるデジタル革命では、ソフトウェアやスマホのアプリを用いたサービスが増えていきます。これらのサービスでは、画面の画像がユーザーとの接点になり、企業はユーザーインターフェイスを向上するために、画像デザインに創意工夫を施します。

従来の意匠法では、このような画像デザイン物品の形状ではないため保護されていませんでした。そこで、これらの模倣には著作権法不正競争防止法で対抗していました。

しかし、著作権はアイデアではなく表現を保護するものです。また、不正競争防止法は、不正な意図をもって不正競争行為を行ったことを証明する必要がありました。そのため、模倣であっても、ほとんどデッドコピーでないと侵害は認められませんでした。

それは、建築物の外観デザインや内装デザインについても同じ状況でした。

不正防止競争法により、差し止めを請求して認められた例として挙げられるのは、コメダ珈琲事件です。この事件では、店舗外観、内装、メニューを模倣したとして、競合会社のマサキ珈琲に対して、コメダ珈琲が不正競争防止法による差し止めを請求し、裁判所に認められました。(東京地裁2016年12月19日決定)

ただし、これは店舗の外観が、化粧板や出窓のレンガの形状まで似ているなど、ほぼデッドコピーであったために認められたものです。

このように、著作権や不正競争防止法による模倣への対応は難易度の高いものでした。しかし、2019年の意匠法改正によって、画面デザイン、建築物の外観や内装デザインが保護の対象となりました。これにより、著作法や不正競争防止法と比較して、模倣を証明することが容易になりました。

意匠法改正後は多くの企業が新しい意匠を特許庁に出願しています。

1-4. 画面デザインの保護拡大につながった「サイボウズ画面デザイン事件」

意匠権の保護対象拡大の一例として、画面デザインが保護されるきっかけとなった事件をご紹介します。画面デザインの保護の背景には、「サイボウズ画面デザイン事件」がありました。

ビジネスソフトウェアの開発・販売を行っているサイボウズは、同社の「サイボウズoffice2.0」のプログラムや表示装置の著作権を侵害しているとして、競合会社のネオジャパンを裁判所に提訴しましたが、認められませんでした。(東京地裁2002年9月5日判決)

この裁判で、サイボウズが「画面デザインが似ている」と主張したのは、以下のような画面です。スケジュール管理や社内メール、掲示板の表示機能を持つソフトウェアの画面でした。

図)原告サイボウズの画面(左)と、被告の画面(右)

引用元)
弁護士伊藤雅浩「画面デザインは法律上保護されるか?:ITビジネス法務の現場から」,『オルタナティブ・ブログ』,2012年4月20日,https://blogs.itmedia.co.jp/mito/2012/04/post_5.html
(閲覧日:2021年11月10日)

裁判で争われたのは、「サイボウズの画面デザインの著作権を、ネオジャパンが侵害しているか否か」でした。裁判所の判断は、「共通する部分はあるが、一部が異なる」などの理由で、著作権侵害は認められませんでした。

GUI(Graphical User Interface)のような機能的な画面デザインは、著作権侵害になる範囲が狭く、ほぼデッドコピーの場合しか認められていませんでした。

著作権法に基づく侵害には、似ているという類似性に加え、「被告が原告の著作物の内容を見て、その内容に基づき作成(依拠性)した」という証明が必要です。そのため、偶然似ていた場合は侵害の対象になりません。GUIのような画面デザインの著作権については、原告が侵害を証明するのが難しいのです。

従来の意匠法でも、「物品に記録・表示されている画像」は、画面デザインとして保護されていました。例えば、液晶デジタル時計の機能として必須の時刻表示部分や、デジタルカメラの操作画像のような画面デザインです。

サイボウズのソフトウェアは、スケジュール管理や社内メール・掲示板を表示していますが、これらの操作画像は入力データに連動して変化します。また、全ての画像データが記録されている訳ではありません。そのため、従来の意匠法では、サイボウズのソフトウェアの画面デザイン対象になりませんでした。

一方で、米国や欧州では、GUIのような物品に記録されていない画像に加え、物品以外の場所に投影される画像や物品の機能と関係しない装飾画像まで保護されていました。

この事件は、GUIのような記録されていない画面デザイン意匠法で保護されるきっかけとなりました。

意匠法では、登録意匠に対して同じか、似ているかを証明すればよいので、著作権侵害より意匠権侵害の方が、証明が容易です。

ここまで、欧州や日本における意匠法の発端と発展、日本で保護対象の拡大のきっかけとなった事件や法改正の内容を見てきました。

欧州で織物のニセモノ対策から始まった意匠権の保護が、日本でも技術の進歩とともにその対象を広げてきたことをご理解いただけたかと思います。

[2] 仏国政府の法律・政令案に対する諮問を行う行政機関。行政最高裁判所の機能も有している。国務院とも呼ばれる。

2. 意匠権の最新トレンド「画像、外観、内装の意匠登録例」

前章で、2019年の法改正によって企業による意匠登録出願が増えたことを説明しました。本章では、最新トレンドとして、画像や外観、内装といった分野でどのような意匠が保護されるようになったかを、登録例を基にご紹介します。

意匠法改正後、最初に出願が認められた画像デザインとして、次のような意匠が登録されています。

図)意匠登録第1672383号「車両情報表示画像」(小糸製作所)

引用元)
経済産業省「画像の意匠が初めて意匠登録されました」,2020年11月9日,https://www.meti.go.jp/press/2020/11/20201109002/20201109002.html (閲覧日:2021年11月10日)

バイクの下に投影されている画像を見てください。この意匠は、画像投影装置付き車両で路面に照射される画像において、走行時や停車時に周辺に照射され、状況の変更に応じて変化するものです。これにより、外部からバイクが見えやすくなり、またドライバーもバイク周辺の路面の状況を見やすくなる効果があります。

また、建築物の外観と内装デザインについては、次のような意匠が登録されています。

図)意匠登録第1671773号「商業用建築物」(ファーストリテイリング)

引用元)
経済産業省「建築物、内装の意匠が初めて意匠登録されました」,2020年11月2日,https://www.meti.go.jp/press/2020/11/20201102003/20201102003.html(閲覧日:2021年11月10日)

この建築物は、ファーストリテイリングが、2020年4月にオープンした「UNIQLO PARK横浜ベイサイド店」です。店舗のコンセプトはクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏が担当し、基本構想・デザイン監修は建築家の藤本壮介氏が担当しています。

この店舗は、スロープ状の屋上面が、すべり台やジャングルジムなどを備えた公園になっており、屋上面から店舗内の各フロアにアクセスできます。この外観デザイン意匠登録されています。

図)意匠登録第1671152「書店の内装」(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)

引用元)
経済産業省「建築物、内装の意匠が初めて意匠登録されました」,2020年11月2日,https://www.meti.go.jp/press/2020/11/20201102003/20201102003.html(閲覧日:2021年11月10日)

これはカルチュア・コンビニエンス・クラブの書店の内装です。天井まで高さのある書架に囲まれたロングテーブルのある内装と、「本の小部屋」と呼ばれている書架で囲まれた小部屋が続く空間が、意匠登録されています。

企業が店舗の外観や内装に創意工夫をしてブランド価値を創出し、製品やサービスの提供につなげる事例が増えています。この法改正により、安易な模倣を防ぐとともに、自社の独自性を活かしたブランド戦略に意匠を活用できるようになりました。

18世紀初頭、織物の図案のニセモノ対策から始まった意匠権は、物品の工業デザインの保護から、画像、建築物の外観と内装デザインの保護まで対象が拡大してきました。

今や、意匠権は模倣対策のためだけに活用するものではありません。今後は、グローバル展開も見据えた上で、さまざまな分野での意匠登録を、企業の多様なブランド戦略マーケティング戦略へ活用することが期待されています。

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3. まとめ

意匠権は、仏国、独国で絹織物の図案や雛形意匠権として保護し、ニセモノ対策を行うための制度として始まりました。米国でも、意匠権は保護されていますが、他の国のように意匠法ではなく、特許法の中で意匠特許が保護されています。

日本では、ウィーン万国博覧会で日本の美術工芸品が人気となったことにより、受注が増えて生産が追いつかず、ニセモノが出回ったことをきっかけに、同業組合が行った模倣品対策からスタートしました。その後、日本に特許制度を導入した明治政府の高橋是清により、意匠法による保護制度が導入されています。

日本における意匠権は、当初、工業製品の形状デザインが対象でした。しかし、2019年の著作権法の改正により、画面デザインや建築物の外観と内装デザインまで対象が広がりました。画面デザインは、従来でもパソコンやスマホに記録された画面デザインは保護されていましたが、GUI(Graphical User Interface)のような機能的で、記録されていない画面デザインは保護されていませんでした。

画面デザインが保護されるようになった背景には、サイボウズの画面デザインが競合会社から侵害されたが、従来の著作権法では、裁判で認められなかったことがありました。

意匠法改正後、企業は、画面デザイン、建築物の外観や内装デザインについて、積極的に意匠登録しています。そして、今後はこれらの意匠登録を、商品のマーケティング戦略と企業のブランド戦略に活用することが期待されています。

今回ご紹介した意匠権の歴史歴史を変えたエピソードから、意匠権を有効活用する意義をご理解の上、自社の最適な知財戦略の実現に取り組んでください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある 。

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