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反社会的勢力の排除 総会屋対策に始まる歴史と最新の反社チェック法

2024.9.27 更新

「当時の年収は3億円を超えていた[1]

これは、大手総会屋元最高幹部の一人の証言です。証言によると、その幹部は1000社以上の株を購入し、企業から毎月合計で3000万ほどを集め、年収が3億を超えていた時期もあったということです。

総会屋と呼ばれる人々は、かつて反社会的勢力を代表するものでした。反社会的勢力とは、暴力や詐欺的手段により、不当な行為で経済的利益を得る団体または個人、という意味です。反社会的勢力の排除総会屋への対策から始まりました。

総会屋は、株式会社の株主総会において株主の権利を濫用して不当な利益を得る者のことを指し、かつて個人・団体所属合わせて8,000名を超えて存在していました。彼らは大手企業の株主総会に株主として出席し、経営陣に不当な質問をするなどして進行を妨げていました。

株主総会の円滑な進行のため、やむなく総会屋への利益供与を行う大手企業もありました。そのうち、いくつかの利益供与は、大きな問題に発展しました。

総会屋に対する利益供与により、トップが辞任に追い込まれた事態としては、1992年のイトーヨーカドー、1993年のキリンビール、1996年の高島屋、1997年の味の素、野村証券の例が挙げられます。中でも大きな問題となったのは、1997年第一勧業銀行の事件です。同行が総会屋に総額460億円を提供したことで、頭取経験者を含む11名が商法違反で逮捕されました。

これらの事件を経て、反社会的勢力排除のための規制は強化され、企業が反社会的勢力と意図せず取引してしまうリスクを回避するための対策も取られるようになりました。

反社会的勢力の排除の歴史を学べば、なぜ排除という動きが必要なのか、その意義を知ることができます。また、排除のための最新の取り組みを知ることで、今後のリスクコントロールの方法も学べます。

今回は、反社会的勢力排除の歴史について、コンプライアンスのプロがその発端から最新トレンドまで、歴史を変えたエピソードを交えてご紹介します。

[1] 尾島正洋『総会屋とバブル」,文春新書,p26-29, 2019.

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1. 反社会的勢力排除の歴史

反社会的勢力の排除は、いつ、どのように始まり、発展して来たのでしょうか。本章では、その誕生から最近までの歴史を解説します。

1-1. 総会屋対策から始まった反社会的勢力の排除

かつて反社会的勢力を代表する存在であったのが、冒頭でご紹介した総会屋です。反社会的勢力の排除は、株主総会の権利濫用が問題になった総会屋への対策から始まりました。

総会屋の歴史は古く、大正時代から存在していたと言われています。1960年代には、暴力的な総会屋が増え始めました。そして1970年代には、総会屋の用心棒からノウハウを吸収した暴力団が、大手企業の株主総会に構成員や関係者を参加させるようになりました。

総会屋による株主総会での混乱を避けるために、企業は金銭や何らかの対価を総会屋に支払うようになりました。これに対し、1978年警視庁は総会屋対策として組織暴力犯罪取締本部を設置し、企業に総会屋と交流を制限する呼びかけを行いました。それでも、一部の企業では総会屋との交流が続いていました。

そのため、1981年には商法改正され、総会屋対策として、株主の権利行使に対し会社が財産を支出することに対する利益供与罪利益受託罪が新設されました。これらに違反すると最高で6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される刑事罰が導入されました。

この法改正により、総会屋は株主総会から締め出されるようになりました。しかし、一部の企業は総会屋との水面下での交流を続けており、その後も複数の商法違反事例が発覚しました。

これを受けて、1992年には「暴力団員による不当な行為の防止に関する法律(暴対法)」が制定されました。暴対法に違反すると、最高で3年以下の懲役または250万円以下の罰金に科されます。

この法律に基づき、都道府県公安委員会によって指定暴力団であると指定された反社会的勢力は、大幅に行動が制限されるようになりました。指定暴力団とは集団で常習的に暴力的に不法行為を行う団体のことを指します。指定暴力団に指定されると、口止め料の要求、寄付金や賛助金の要求など27の行為が法律により禁止されます。

1996年には、日本の代表的な企業約1500社が加盟する経済団体連合会(経団連)が、1991年に制定した「経団連企業行動憲章」改訂し、「反社会的勢力と断固として対決する」という指針を盛り込みました。

それでも、一部の企業で総会屋を含む反社会勢力との交流が続く問題を憂慮し、経団連は翌1997年に「当面の総会屋等への対策」と題したメッセージを公表しました。これにより、加盟企業に企業行動憲章の遵守反社会的勢力との絶縁宣言を促しています。

1997年には商法が再度改正され、利益供与罪と利益受供罪の最高刑が、懲役3年以下または罰金300万円以下に強化されています。

このような環境変化に対応して、各企業はCSR(企業の社会的責任)の観点から、反社会的勢力との関係を排除する方針を自社のサイト等で明確に宣言するようになりました。

1-2. 企業暴排指針により、反社会的勢力との関係遮断フェーズへ

反社会的勢力は、企業に名前を伏せて巧妙に近付きます。そのため、企業は反社会的勢力との絶縁宣言をしても、知らずに取引をしてしまうことがあります。

このような状況で、企業と反社会的勢力との交流に変化を与えたのは、2007年法務省が出した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について(企業暴排指針)」でした。

それまで、反社会的勢力は証券や不動産取引等の経済活動を通じて、巧妙に資金獲得を行っていました。さまざまな対策が取られていたにもかかわらず、なぜこれらの経済活動が可能だったのでしょうか。

抜け道の一つとして挙げられるのは、反社会的勢力が別の名前で会社を設立したり、隠れて経営に関与したりする、いわゆるフロント企業を通じた経済活動です。表向きは反社会的勢力とは無関係であるかのように装っているため、企業は新規の取引相手がフロント企業であると知らずに取引してしまうことがありました。

そこで、法務省は2007年に「暴力団体資金源等対策ワーキング・グループ」を設立し、専門家達との議論を経て、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針(企業暴排指針)」を公表しました。

企業暴排指針では、反社会的勢力の不当要求の2つの類型(接近型と攻撃型)が示され、企業と警察署等との連携が促されました。また、企業に対して反社会的勢力との関係の遮断を社内規則等に明文化することを求めました。さらに、契約書等に暴力団排除条項を記載するよう求め、事実と異なる場合は、契約後でも企業は相手側に対し契約解除を行えることなどを明記しました。

1-3. 売買契約書のモデル条項例を用いたリスク回避対策

法務省は、さらに反社会的勢力の排除を明文化した売買契約書のモデル条項例を公表しました。ここには、反社会的勢力に該当しないことや、取引契約に関連して脅迫や暴力等を行わないことを相手側に宣言してもらうための条項例が記載されています。また、これらの宣言に違反する場合は、即時に企業は相手側に対して契約解除できるとする条項例なども提示されています。

この指針とモデル条項例を参考に、企業はさまざまな取引契約に反社会的勢力の排除を明記した条項を盛り込むようになり、反社会的勢力と知らずに取引するリスクを回避できるようになりました。

この指針を受けて、日本証券取引所グループは、2008年上場審査の際に反社会的勢力が排除できているかを確認する項目を加えたと公表しました。例えば、反社会的勢力排除を企業行動規範などに記載しているか、反社会的勢力排除を実現する体制整備はできているか、というような項目です。

このように、企業暴排指針は、その後の企業の反社会的勢力の排除に対するコンプライアンスの取り組みに大きく影響しました。

ここまで見てきた通り、総会屋対策から始まった反社会的勢力の排除は、規制を強化し続けることで成果を挙げてきました。そして、今や規制の強化だけではなく、意図せず取引をしてしまうリスクを回避するための対策へと進化していることを、ご理解いただけたかと思います。

2. 規制と同時に強化された反社会的勢力のチェック体制

2007年に公表された企業暴排指針により、企業は特に新規の取引先に対して、反社会的勢力でないかをチェックするようになりました。これを反社チェックと呼びます。

かつて主流だった反社チェック方法は、インターネットや新聞記事のような公開情報の検索の他、専門機関のデータベースの検索や特定のテーマを専門に調査する会社による個別調査でした。そして、これらの調査を通じて「かなり疑わしい」と判断した場合に、警察等に相談するのが一般的でした。

しかし、企業暴排指針以降、民間企業のさまざまな調査会社やメディアが、反社チェックができるデータベース(以下、反社データベース[2]と記載)を提供するようになりました。これにより、企業はより手軽新規取引先のチェックができるようになりました。

例えば、日経テレコンは過去の新聞記事情報を用いて検索ができる会員制ビジネスデータベースサービスを提供しています。同サービスは500以上の媒体の過去40年分の報道記事を収録しており、取引先について検索をすることで、ネガティブな情報がないかを確認し、今後の取引のリスクを見つけ出すことができます。

今、企業がまず行う取引先の反社チェック方法として主流なのは、公開情報の検索、民間の反社データベースでのチェック、反社条項の設定による確認です。ここで調べた内容や、反社条項に対する拒否や修正内容などを通じて懸念があった場合は、専門の調査会社に個別調査を依頼する方法が取られています。

他にも、取引関係を通じて、反社会的勢力を登録した業界専門のデータベースで照会する方法があります。例えば、全国銀行協会は反社会的勢力との関係を遮断するため、2018年銀行界と警察庁データベースを接続し、新規の個人向けの融資等に活用していることを公表しています。

これらのプロセスでも、取引先が反社会的勢力であることの疑念が払拭できない場合は、警察等に相談することになります。

民間企業による反社データベースの登場は、反社会的勢力と関わるリスクを軽減することに貢献しています。しかし、残念ながらこの方法でも、フロント企業と知らずに反社会的勢力との取引を行ってしまうリスクを完全に排除できる訳ではありません。

しかし、企業はこれらの取り組みをセーフティーネットとしたリスクコントロールを行うことにより、反社会的勢力を排除する取り組みをするようになっています。

以下に、代表的な反社データベースを紹介します。ぜひ、参考にしてください。

表)反社データベースの例

データベース名概要URL
日経テレコン日本最大級の会員制ビジネスデータベースサービス。750を超える情報源をワンストップで検索・収集できる。https://telecom.nikkei.co.jp/
Quick日経テレコン系のデータベース。500を超える情報源の新聞・雑誌記事を検索できる。https://corporate.quick.co.jp/biz/lp_telecom/
日経リスク&コンプライアンス日経テレコンに他技術を組み合わせたもの。国内報道よりネガティブニュースを検索できる他、行政処分情報やWeb情報も用いて横断的に情報を解析できる。https://nkbb.nikkei.co.jp/rc/
日本信用情報サービス新聞記事・WEB検索に加えて、独自情報を収集しているデータベース。https://jcis.co.jp/
RoboRoboSBI証券が監修する反社チェックを含むコンプライアンスチェックのツール。 ※反社データベースではなく、Google検索と検索結果のデータのとりまとめのみhttps://roborobo.co.jp/lp/risk-check/
DQ反社チェック  反社チェックに加えて、犯罪・破産・訴訟の4リスクが調査できる。https://d-quest-group.com/promo/cc03/
コンプラサーチ  取引先情報を各種営業支援システムや顧客管理システムから自動登録。反社チェックを自動化できる。https://www.roboticcrowd.com/compliance-search/

「反社会的勢力排除」をeラーニングで社員教育

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反社会的勢力からの不正なアプローチに備える

この記事のとおり、反社会的勢力との関係遮断は企業にとって「コンプライアンス(法令順守)そのもの」として取り組むべき課題となっています。
本コースでは、反社会的勢力の最新動向、企業との接点、反社チェックのポイントを事例を交えて学び、反社会的勢力に対処するための基礎的な知識と、事例を基にした学習で実践的なスキルを身につけることができます。

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[2] 一般的なコンプライアンスや倒産等のリスクを含め、反社チェックもできるデータベースのこと。反社専門のデータベースとは限らない。

3. まとめ

反社会的勢力の排除は、株主総会で株主の権利を濫用して不当な利益を得る、いわゆる総会屋への対策から始まりました。その後、商法改正により株主総会から総会屋が締め出された後も、企業と総会屋との関係は水面下で続いている状態でした。

この状況に変化をもたらしたのは、法務省が出した企業暴排指針でした。この指針により、企業は反社会的勢力との関係遮断を宣言し、取引先が反社会的勢力に該当しないかをチェックするようになりました。また、取引契約には、「反社会的勢力であることがわかった場合の契約解除条項」を盛り込む対策をするようになりました。

反社チェックと反社条項は、有効なリスクコントロールの方法ですが、反社会的勢力が関与しているいわゆるフロント企業と取引するリスクを完全に排除できる方法ではありません。ただし、企業はCSR(企業の社会的責任)の観点からも、反社会的勢力との関係を持たないことを宣言し、取引を行わない対策を行うようになりました。

今回ご紹介した反社会的勢力排除の歴史と歴史を変えたエピソードから、反社会的勢力排除を実践する意義をご理解の上、自社の最適なコンプライアンスの実現に取り組んでください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )、日本工業大学(NIT)大学院 客員教授(技術経営研究科)
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある。

執筆者プロフィール

まるでゲームを攻略するように
コンプライアンス教育に
取り組めるよう、
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