独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)は、自由な経済活動を、公正に行うために必要な事業活動の基本的なルールを定めた法律です。
独占禁止法に違反すると、違反した社員が刑事罰を受けたり、違反企業が多額な課徴金を科させられたりするリスクがあるため、全社員が独占禁止法の基礎知識を学ぶ必要があります。大切なことは、独占禁止法違反をしないことはもちろん、万が一独占禁止法違反を発見した場合は、速やかに申告すればするほど、処罰は軽くなる場合があるという点です。(カルテル、談合が対象です。詳しくは下記の記事を参照)
また、独占禁止法には企業結合に対する事前審査があるので、最近増加しているM&Aを円滑に成功させるためにも、M&A担当者は、企業結合に関連する独占禁止法の基礎知識を学ぶ必要があります。特にグローバル展開をしている企業の場合、各国別に審査を受ける必要があることもポイントです。
(詳しくは下記の記事を参照)
今回は、以前下記の記事でご紹介した「法令遵守+CSR・リスクマネジメント」を踏まえて、独占禁止法の教育を企画する際に、押さえておくべきポイントと研修方法の事例をご紹介します。
1. 教育企画のポイント
独禁法教育を企画するために、法令遵守、CSR、リスクマネジメントの視点から、それぞれ押さえておくべきポイントがあります。その内容を順番に見ていきましょう。
1-1. 法令遵守のポイント
独占禁止法には、「禁止事項」(私的独占、不当な取引制限(カルテル)、不当な取引方法の禁止)と「規制事項」(事業団体、企業結合、独占状態の規制など)があります。
たとえば、かつて複数の旅行業者が談合して、学校の修学旅行に掛かる費用の最低ラインとなる基準を設ける取り決めを行いました。これは不当な取引制限(カルテル)で市場競争の制限に当たり、「禁止事項」に抵触することから排除措置命令が下されました。
一方、大手金属メーカーが特殊合金を販売する企業の株式の過半数を取得しようとする案件がありました。これは、企業結合審査において、特殊合金を製造販売する同業他社を排除することになるとの問題指摘を受けましたが、他社との取引も継続するなどの問題解消措置を取ることにより企業結合が承認されました。これは後者の「規制事項」に該当します。
このように、ケースバイケースであるため、それぞれ、何が、どのように禁止もしくは規制されているのかについて、具体的な内容を理解しておくことが大切です。
また、独占禁止法の運用は、行政機関である公正取引委員会が行います。公正取引員会は、違反企業に立入検査ができる権限を持っています。公正取引委員会の基本的な機能や役割についても、理解しておく必要があります。
独禁法コンプライアンスの実現には、法令遵守の概念のみではなく、具体的な「禁止事項」と「規制事項」の中身と運用の制度を解説したプログラムを用いれば、理解度が高まります。
参考)企業のルール違反にイエローカード! 公正取引委員会の役割(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/ippan/part3/about.html
独占禁止法の概要(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/dkgaiyo/gaiyo.html
平成29年度における主要な企業結合事例について(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/jirei/29nendo_files/180606.pdf
1-2. CSRのポイント
CSRの視点からは、独占禁止法に違反した場合、企業が経営的などのような影響を受けるかを、具体的に理解する必要があります。
まず、独占禁止法に違反した場合、メディアなどで大きく報道されるため、企業のイメージダウンにつながる可能性が高くなります。
さらに、公正取引委員会は、独占禁止法に違反の疑いがある企業に、立入調査を行う権限を持っています。仮に疑いの段階であっても、有名な大企業が立入調査を受けたという事実はメディアで大きく報道されることになります。最近もリニア入札談合で、関わった大手ゼネコン4社が立入調査を受け、業務面において大きな打撃を受けることとなりました。
また、独占禁止法の違反に対しては、違反者個人が刑事罰を受ける可能性があります。前述のゼネコンの立入調査の結果、談合4社のうち、リニエンシーを行わなかった2社の幹部が逮捕されたことが報道されました。社員が会社の業務で逮捕されることは、社員も動揺しますが、取引先やこれから入社を考えている学生や社会人に対しても大きく影響し、企業のイメージが著しく損なわれるのです。
独占禁止法の違反や疑いを受けることは、企業のイメージダウンにつながります。したがって教育の企画には、「独占禁止法の違反にはどのような事例があるか」という内容に加えて、それに伴った企業の社会的責任への影響を理解できるプログラムが必要です。
参考)アマゾンに立ち入り検査 公取委、独禁法違反の疑い(日本経済新聞)https://r.nikkei.com/article/DGXMZO28151840V10C18A3MM0000
【リニア入札談合】大成元常務と鹿島部長を逮捕 東京地検特捜部 (産経新聞)https://www.sankei.com/affairs/news/180302/afr1803020034-n1.html
1-3. リスクマネジメントのポイント
リスクマネジメントの観点からは、違反した場合の経済的な損失リスクを理解しておく必要があります。
例えば、先に紹介したリニア談合では、逮捕者が出た建設会社2社に対して、東京都が入札の指名停止をしたことが報道されています。国内の公共事業の比率が大きい建設会社にとって、一定期間とはいえ地方公共団体から入札の指名停止を受けることは、大きな機会損失リスクです。
また、カルテルに違反した場合、多額の課徴金を支払うことになります。2009年、カルテルが発覚した溶接亜鉛メッキ鉄板3社は、合計155億円の課徴金を科されています。さらに、国際カルテルの違反ではその金額が多額になります。2008年、自動車用窓ガラスの価格カルテルでは、日本企業を含むグローバル企業4社に、欧州員会は約1700億円もの課徴金を科しています。これらの多額の課徴金は、経営に対する大きな損失リスクとなります。
違反した後に、法律のルールに従って自主申告すれば課徴金が減免される制度を「リニエンシー」といい、その対応が速ければ速いほど減免の処分が軽くなる恩恵があります。前述のゼネコン談合の逮捕者は、リニエンシーを行なわなかった企業から出ました。経営の視点から見れば、リニエンシーは一定のセーフティーネットになり得ることも押さえておくべきでしょう。
独占禁止法に違反した場合、どのような経済的な損失リスクがあるか、それに対してどのように対応する制度があるかについて、具体的に理解できるプログラムが必要となるのです。
繰り返しになりますが、独禁法コンプライアンスを実現するための教育には、法令遵守、CSR、リスクマネジメントの各分野において、概念や理論など机上で完結する学習ではなく、それぞれの問題点や注意点となるポイントを、実例を交えながら具体的に理解できるプログラムが必要なのです。
参考)リニア談合で受注ゼネコンに逮捕者、東京都は入札指名停止-Q&A – (Bloomberg)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-03-05/P53J2K6S972P01
溶融亜鉛めっき鋼板及び鋼帯の製造販売業者に対する 排除措置命令及び課徴金納付命令について(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo21_files/090827.pdf
欧州委:旭硝子やピルキントンなどに制裁金-計13億8000万ユーロ(Bloomberg) https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2008-11-12/KA7Z2F0D9L3801
2. 教育設計のポイント
それでは、独占禁止法を具体的に理解するためには、どのような教育プログラムを設計すれば良いでしょうか。
2-1. タテとヨコの関係から考える
独占禁止法は、自社を基準にして、商品やサービスが消費者・ユーザーに届くまで(タテの関係)と同業他社との関係(ヨコの関係)で整理すると分かりやすくなります。
メーカーの場合を例に、独占禁止法による制限イメージを示すと次のような図になります。
この図では、独占禁止法について業務プロセスのどの段階でどのような規制が発生し、どこまではOKだがどこからが禁止事項や制限事項に該当するかを俯瞰して見ることができ、チェックすべき対象を理解する助けとなります。この図については、次の2-2.で詳しく説明していきます。
2-2. タテとヨコのチェックポイント
それでは、タテとヨコの関係でチェックすべきポイントの例を具体的に説明しましょう。
タテの関係は、自社のいろいろな部門から、代理店や販売店などを通じて、消費者・ユーザーに至るプロセスが対象です。たとえばメーカーの場合、営業部門は、代理店や販売店を通して商品やサービスを消費者やユーザーに届けるため、販売施策や価格施策を行います。
自社における業務プロセスをタテに見ていくと、禁止事項(再販価格の拘束、販売先の制限等)と制限事項(景品付販売等)が分かります。ここから、それぞれの項目に対してチェックする意識を持ち、具体的な内容を学ぶことの必要性が理解できるはずです。
ヨコの関係は、同業他社との関係です。ライバルでもある同業他社ですが、商品やサービスの共同開発や業界で規格統一をする場合、お互いに会って、話し合う場合があります。その際に、独占禁止法で禁止されている、同業者による販売数量や値上げなどを一致させるカルテル行為のような禁止事項を行わないか、また、公共入札を担当している営業部門では、入札談合に参加していないかがチェック項目になります。共同研究開発、規格の統一・標準化には、一定の条件で独占禁止法による制限が掛かる場合があるので、チェックしておく必要があります。
このように、具体的なビジネスシーンに基づき、販売施策、共同開発などの業務プロセスに合わせて、具体的にDo’s & Don’ts(何をすべきで何をすべきでないか)を理解する学習が求められます。
特に、なぜ違法なのか、適法の場合はあるのか、という判断の基準を明確にして学ぶことにより、独占禁止法コンプライアンスを実現できるプログラムを構成することができます。
3. 研修の実施例
それでは、ビジネスシーンに合わせて判断基準を学ぶ方法の具体例をご紹介します。
3-1. ビジネスシーンと判断基準
タテの関係のうち、自社の営業部門が、販売店を通して消費者に家電製品を販売するビジネスシーンの例から考えてみます。
販売店に対する価格施策について、以下の3つの事例のうち、適法な場合を〇、違法な場合を×、条件により判断が変わる場合を△とします。
問題例1
・販売店に、希望小売価格で売ることを、口頭で指示する(×:口頭であっても、小売価格の指示はNG)
・販売店に、希望小売価格を、参考価格として提示する(〇:参考価格を提示したのみであればOK)
・出資している販売店に、希望小売価格で販売することを指示する(△:原則NG、ただし、販売店に過半数を出資し、実質的に同一企業内である場合はOK)
ビジネスシーンと教材の材料は、自社の事例に加えて、公正取引委員会が公開しているガイドラインと相談事例集が活用できます。
参考)ガイドライン(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/guideline/guideline/index.html
相談事例集(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/index.html
3-2.グループ討議の仕方
このように、〇×△で考える事例教材を、グループで活用した教育プログラムの例をご紹介しましょう。
ステップ1
各事例について、最初は、個人単位で〇×△のいずれになるか、その理由として何が考えられるかを検討します。まず、自分が当事者の立場になり考えてみるのです。
ステップ2
次に、議論がしやすい4から5人程度のグループ単位で、お互いの考えを発表し、意見交換します。それぞれの判断が分かれる場合と同じ場合があると思います。しかし、ここで重要なのは、なぜその判断に至ったかの理由です。グループ内で〇×△と判断した理由までを議論します。
ステップ3
最終的に、どのような議論があったかを各グループで発表し、講師を交えて意見交換します。時間を決めて、グループで統一の見解を決めて発表し、各グループの内容を比較して議論する方法もあります。
また、事例教材のビジネスシーンについて、自分達の業務を振り返り、実際はどうであったか、Do’s & Don’ts(何をすべきで何をすべきでないか)が正しかったのかについて議論する方法も有効です。
独占禁止法の教育は、法律の説明や禁止事項を並べ、まるでNG集を説明するような内容になってしまう傾向があります。しかしそれでは、社員は、禁止事項や制限事項が多いことは理解できても、なぜ禁止や制限があるのか、どのような基準で判断されているかを理解することができません。社員が自分の業務に落とし込んで、コンプライアンスを実践することにつなげられなくなるのです。
具体的なジネスシーンで行われる業務に対して、独占禁止法の視点から見て〇×△のいずれになり得るかを考え、理解することが、コンプライアンスの実現につながります。
この方法は、一方的に聞くタイプの学習とは違って、まず自分で考え、次に参加者同士が議論するアクティブ・ラーニングの手法を取り入れているため、より高い学習効果が期待できます。アクティブ・ラーニングについては、下記の記事で詳しくご紹介したように、言葉による受信や視覚による受信のような受動的な学習方法の場合、2週間後、長期記憶に残っているのは10~20%であるのに対し、ディスカッションに参加する、スピーチをする、実際に自分で体験するなど、能動的な学習方法の場合は70~90%に向上します。
独占禁止法の教育においても、議論しながら理解を深める方法は、高い学習効果が期待できますので、そのプロセスを組み込んだ教育を企画する方法がお勧めです。
「独占禁止法」をeラーニングで社員教育
eラーニング教材コース:公正かつ自由な競争を促進するための「独占禁止法」知識習得コース
ビジネスに必要な独占禁止法の基礎知識を身につける
この記事にあるように、独占禁止法に違反すると、会社の信用が失墜しブランドそのものに計り知れない損害を与えてしまいます。コンプライアンス経営を実現するためには、独禁法リスクを正しく理解することが不可欠です。
企業のコンプライアンス業務に30年以上携わっている一色正彦氏監修のもと、クイズや文字の少ない構成で独占禁止法をわかりやすく学習することが可能です。従業員一人一人が独占禁止法を意識した行動ができるようになることを目指します。
4. まとめ
独占禁止法の教育では、「法令遵守」のポイントとして、私的独占、不当な取引制限(カルテル)、不当な取引方法の禁止、事業団体、企業結合、独占状態の規制などの規制が定められており、それぞれの禁止事項と規制内容を具体的に理解しておく必要があります。また、独占禁止法の運用は、行政機関である公正取引委員会が行います。立入調査ができるなど、その機能や役割についても、知っておく必要があります。
「CSR」のポイントとして、違反の場合に加え、疑いを受けて公正立入調査を受けた場合でも、各種メディアで報道され、企業イメージのダウンにつながることを理解しておく必要があります。また、社員が逮捕される可能性もあり、その場合の社会への影響は計り知れません。
「リスクマネジメント」のポイントとして、入札談合に違反した場合、地方公共団体等から指名停止を受けるリスク、カルテルに違反した場合、多額の課徴金を科されるリスクもあります。
教育を企画する場合、これらのポイントを押さえたうえで、具体的なビジネスシーンにおいて、業務フローに合わせて理解し、学習する方法が効果的です。自社を基準として、商品やサービスが消費者・ユーザーに届くまで(タテの関係)と同業他社との関係(ヨコの関係)で整理し、具体的なビジネス行為について、明らかに違法な場合に加え、適法な場合は条件付きで適法になり得る場合について、判断の基準を理解する学習方法が効果的です。
これらを研修参加者が議論するアクティブ・ラーニングにより、一方的に聞くタイプの学習とは異なり、自ら考えることで高い学習効果が期待できます。
今回ご紹介した独占禁止法の特徴との教育企画のポイントを参照し、自社に最適な独占禁止法のコンプライアンス教育に取り組んでください。
- 企業のルール違反にイエローカード! 公正取引委員会の役割(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/ippan/part3/about.html
- 独占禁止法の概要(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/dkgaiyo/gaiyo.html
- 平成29年度における主要な企業結合事例について(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/jirei/29nendo_files/180606.pdf
- アマゾンに立ち入り検査 公取委、独禁法違反の疑い(日本経済新聞)https://r.nikkei.com/article/DGXMZO28151840V10C18A3MM0000
- 【リニア入札談合】大成元常務と鹿島部長を逮捕 東京地検特捜部 (産経新聞)https://www.sankei.com/affairs/news/180302/afr1803020034-n1.html
- リニア談合で受注ゼネコンに逮捕者、東京都は入札指名停止-Q&A – (Bloomberg)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-03-05/P53J2K6S972P01
- 溶融亜鉛めっき鋼板及び鋼帯の製造販売業者に対する 排除措置命令及び課徴金納付命令について(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo21_files/090827.pdf
- 欧州委:旭硝子やピルキントンなどに制裁金-計13億8000万ユーロ(Bloomberg) https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2008-11-12/KA7Z2F0D9L3801
- ガイドライン(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/guideline/guideline/index.html
- 相談事例集(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/index.html
- 知ってなっとく独占禁止法(公正取引委員会)https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/dokkinpamph.pdf
- 各種パンフレット(公正取引委員会)http://www.jftc.go.jp/houdou/panfu.html