「コンプライアンスは大事」とは思っていても、実際に何をどう学べばよいかわからず、なんとなく先送りにしている方は多いのではないでしょうか?
コンプライアンスは「法令順守」のことですが、言葉だけ聞くとどうも曖昧でイメージがわきにくいものです。
具体的にどんなテーマに注目すればよいのか、何から始めればよいか、迷っているうちに時間が経ち、気付いたら身近でトラブルが起きていた!などという展開もありえるかもしれません。
でも、もしあなたがコンプライアンスについて基礎的な知識を持ち、いくつかの事例の教訓を部下や同僚に語ることができたら…?そして、彼らも自分の部下や同僚も同じことをしてくれたら…?
コンプライアンス問題の発生リスクは確実に減っていくのではないでしょうか。
コンプライアンス問題を理解し、トラブルを回避するためには、具体的な事例から学ぶ方法が最も効果的です。
しかし、自分で事例を探し、それを整理・分析して教訓を得るという作業は一筋縄ではいきません。
そこで今回は、コンプライアンスの基礎学習に適した書籍をご紹介します。
具体的な企業の不祥事やトラブルを素材とした書籍を読むことは、コンプライアンスの基礎を理解するための近道といえます。
また、専門家による解説書は、事例から学んだ情報をさらに体系だった知識にまとめあげるのに役立ちます。
ご紹介する書籍の内訳は、実例を素材にしたリアルな小説が3冊、トラブル事例を紹介した実務書が4冊、弁護士によるコンプライアンス問題の分析と解説書が3冊です。
できるだけ具体的な事例を、わかりやすく解説している本を選びました。
いずれも、コンプライアンスを巡り、自分の会社や自分自身にどんなことが置き得るのか、またそれを防ぐためにどんな行動を取ればよいのか、具体的なケースを想定しながら学べる書籍です。
目的別に並べていますので、興味のある書籍からぜひ手にとってみてください。
1. コンプライアンス問題を素材にした小説
実際に発生したコンプライアンス問題をリアルに再現し、読み物としてもおもしろく仕上げた小説があります。著者は記者や関係者、当事者などです。架空ではあっても具体的な事件を想起させるフィクションや、実名を挙げているノンフィクション小説を選んでみました。
1-1. 粉飾決算の裏側を知りたい
相場英雄『不発弾』,新潮社,2017
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著者の相場英雄氏は元新聞記者で、リアルな企業小説を執筆しており、BSE(牛海綿状脳症:Bovine Spongiform Encephalopathy)を題材にした「震える牛」は、ベストセラーになりました。
本書はフィクションですが、著者によると東芝の不適切会計問題に着想を得て執筆しています。
著者は、インタビューに対して次のように答えています。
相場英雄:
「不発弾」を告発した人々は報われたのか?」,『日経ビジネスオンライン』,2017年3月29日,https://business.nikkei.com/atcl/book/15/101989/032700022/(閲覧日:2020年9月28日)
僕がこの問題にまず興味を持ったのは「不適切会計」という言葉の不自然さでした。あれだけの数字をごまかしておいて、これが粉飾じゃなかったら、何が粉飾なんだ、と。僕は元新聞記者なので、昔の情報源のアナリストに話を聞いたら、「東芝は、まだこれからいっぱい出てくるよ」と。
性善説で仕事を任された社員が、性弱説の考えに移行してしまうリスクについて考えさせられる一冊です。
1-2. リコール問題について学びたい
池井戸潤『空飛ぶタイヤ』,実業之日本社文庫,2016
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著者の池井戸潤氏は、元銀行員という知見を生かしたリアルな企業小説を執筆しており、特許権を巡る企業間の紛争を描いた「下町ロケット」で直木賞を受賞しています。
本書は、大手自動車メーカーのリコール隠し事件を素材に、巨大企業の不正に切り込んで話題となった小説です。
末尾の解説では、文芸評論家の村上貴史氏が、素材となった事故について次のように述べています。
本書で描かれたタイヤ脱落事故には、ヒントになったであろう現実の事故が存在する。2002年の出来事なので覚えていらっしゃる方も多いだろうが、三菱自動車工業の大型トレーラーのタイヤが外れ、ベビーカーを押していた母親を直撃し、母親は死亡。長男と次男が軽症を負うという事故があったのだ。メーカー側のリコール隠しもあり、その点も本書のタイヤ脱落事故と共通している。その点だけ見ると、池井戸潤が現実の事故をなぞって小説を書いたと誤解しかねないが、一読すれば明らかなように、「空飛ぶタイヤ」は全く独立した物語である。
(p.835、「解説―『下町ロケット』の原点となった巨編」)
本書は小説であり、フィクションです。しかし、登場人物に自分を重ねてイメージし、自分であればどのように行動したであろうかを考えさせてくれる、意義ある一冊です。
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1-3. 戦後最大の経済事件で何があったのか知りたい
國重惇史『住友銀行秘史』,講談社,2016
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著者の國重惇史氏は元住友銀行取締役であり、イトマン事件の時は、住友銀行の業務渉外部長付部長でした。
当時の当事者の多くを実名で登場させた話題となったノンフィクション小説です。著者は、なぜ本書を執筆したかについて、後書きで次のように述べています。
イトマン事件から、はや四半世紀が過ぎた。本書の登場人物の中にもお亡くなりになった方が少なくないし、住友銀行も三井住友銀行として生まれ変わった。今なら、さほど迷惑を掛けることもないだろう。幸い私はまだビジネスの現場で生きているが、70歳になったのを機に、あの事件を語れる人間の一人として記録を残しておくのも、自分に与えられた役割の一つではないかと考えるようになった。
(p.466、「エピローグ あれから四半世紀が過ぎて」)
バブル期の金融業界で何が起こったのか、そこから学ぶものは何かを考えさせてくれる一冊です。
2. コンプライアンス問題の事例を分析した実務書(4冊)
次に、コンプライアンスの専門家や調査会社が実際の事例を分析し、トラブルの原因や対応の失敗例・成功例、回避方法などを紹介した実務書を紹介します。
2-1. 実際のコンプライアンス倒産事例を知りたい
帝国データバンク情報部 藤森徹『あの会社はこうして潰れた』,日経プレミアムシリーズ新書,日本経済新聞社,2017
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信用調査で著名な帝国データバンク情報部が、倒産した企業の裏側を調査し、なぜ倒産したかを分析しています。37社の実際の事例(一部は仮名)で紹介されています。
第6章「闇経済、不正、詐欺の舞台裏」では、コメ偽装に手を染めて倒産した三瀧商事の事例について、コメ流通の問題点と偽装に手を染めた企業の破綻までを詳しく検証しています。
そして、この事例の最後に、当初不正を知らなかったとしていた経営者が、顧問弁護士によると逮捕後の取り調べで罪を認めて謝罪する予定であるとしたうえで、経営者とコンプライアンスの関係について、次のように述べています。
経営者にとって重要な資質に「情報力」がある。業界、同業者、経済など様々な外部情報があるが、忘れてはならないのが内部情報をあつめ分析する能力だ。悪い情報をあげさせ吟味する。苦言を呈し体を張って止める者に耳を貸す。これができなくなることが、ワンマン経営者の陥りやすいワナともいえる。もちろん、法律を順守するのは経営者の資質以前の原則であることは、言うまでもない。
(p.183-184、「コメ偽装に手を染めた三瀧商事その手口と末路」)
内部通報は企業のオープン度を示す指標と言われていますが、経営者の意識の問題でもあることがわかります。事例を元に、どのような経緯でコンプライアンス問題が発生し得るかを教えてくれる一冊です。
2-2. リスクマネジメントの視点から、企業のトラブル事例を知りたい
ACEコンサルティング(株) エクゼクティブアドバイザー 白井邦芳『リスクマネジメントの教科書 50の事例に学ぶ“不祥事”への対応マニュアル』,東洋経済新報社,2014
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著者の白石邦芳氏は、米国の大手保険会社AIGの元常務執行役員です。
保険会社の人間として、「事故発生後の被害拡大を防ぐ」、「その欠陥が思わぬ危機を招く」など、7つの視点から、企業の不祥事・トラブル事例の概要と原因を解説しています。
第4章「コンプライアンス~万全なはずの体制に潜む落とし穴」では、6社の事例を紹介しています。
著者は、本書の特徴を次のように述べています。
本書では、企業リスクの専門家である筆者がこれまでに経験した企業不祥事や事件を踏まえて、50のケースとして現実的なシナリオを設定し、企業が犯しやすい課題を浮き彫りにしながら、事態が悪化していく方向性を具体的に再現している。また、その緊急事態の最中にたぐり寄せるべき数少ない適切な選択肢を対応策として解説している。危機に直面して最善の解決策を検討される経営陣、危機管理対策本部の担当者、総務、法務、広報関係者などに向けて、正しい出口に至るための道案内の役割を果たそうとするものである。
(p.1、「はじめに」)
本書に掲載されている企業名は仮名ですが、事件の概要や経緯、リスクマネジメント専門家の視点から、何をすべきだったかがコンパクトに解説されています。
事例学習の素材集として参考になる一冊です。
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2-3. 不正会計の視点から、企業のトラブル事例を知りたい
八田進二(監修)、株式会社ディー・クエスト、一般社団法人日本公認不正検査士協会(編集)
『【事例でみる】企業不正の理論と対応』,同文館出版,2011
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公認不正検査士の著者が、10社のコンプライアンス違反事例(会社は実名、個人は仮名)について、コンプライアンス上の企業責任と不正のトライアングル理論を用いて、不正の3要素(「機会」「動機」「正当化」)の視点から、不正リスクを抑止するための方策を紹介しています。
不正の3要素について詳しくは、以下をご参照ください。
10社の事例に関するテーマは、以下です。
① 反社会的勢力との取引~スルガコーポレーション事件より~
② 従業員による横領
~青森県住宅供給公社事件より~
③ 会計不正
~ライブドア粉飾決算事件より~
④ 個人情報漏えい
~「Yahoo!BB」顧客情報漏えい事件より~
⑤ インサイダー取引
~日経新聞社インサイダー取引事件より~
⑥ 食品偽装
~雪印食品牛肉偽装事件より~
⑦ 循環取引
~加ト吉循環取引事件より~
⑧ 行政機関の不正経理
~愛知県不正経理事件より~
⑨ 医療過誤
~都立広尾病院医療過誤事件より~
⑩ 労基法違反(残業不払)
~マクドナルド「名ばかり管理職」事件より~
(vi-vii、CONTENTS)
不正のトライアングル理論による分析と対策の解説が参考になる一冊です。
2-4. 警察の視点から、企業のトラブル事例を知りたい
樋口晴彦、警察大学校教授『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか 有名事件13の原因メカニズムに迫る』,日本工業新聞社,2015
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著者の樋口晴彦氏は警視庁幹部を経て、現在は警察大学校の教授です。生かせなかった訓、従業員が不正を侵すときなど、4つの視点から、実際の13の著名なコンプライアンス違反事例を分析しています。
著者は、本書でコンプライアンス問題の要因として指摘している「病因」について、次のように述べています。
病気を根本的に治療するには、「症状」を緩和する対症療法だけでは足りず、その「病因」を除去することが必要である。しかし多くの企業は、リスク管理の機能不全という「病状」だけを問題視して、その背後にある「病因」に目を向けていない。
(pp.1-2、「はじめに」)
さらに、本書は不祥事のメカニズムを正しく理解するため資料として、その「病因」を解説している本であると述べています。
コンプライアンス問題の再発防止のためには、原因が何かを知る必要があります。
著者の専門分野の視点から行われている、具体的な事例に対する原因分析が参考になる一冊です。
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3. 弁護士によるコンプライアンス対応の基本書(3冊)
最後に、弁護士や企業の法務担当者が、実務を通して学んだコンプライアンス問題の分析と解説、対応方法などをまとめた書籍を紹介しましょう。
3-1. コンプライアンス問題を予防するためのポイントが知りたい
吉川達夫、飯田浩司『実務がわかる ハンドブック企業法務 [改訂第2版]~2020年4月施行 民法改正等対応~ 』,第一法規,2019
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12名の弁護士、企業法務担当者による共著です。編著者の吉川達夫弁護士は、元伊藤忠法務部、Apple Japanの法務部長、飯田浩司弁護士は、元松下電工法務部、ファイザー製薬取締役であり、法律の専門性と実務経験の視点から、企業の実務家が知っておくべき法分野について、28のケーススタディを用いてわかりやすく解説しています。改訂第2版では、2020年4月施行の改正民法、改正製造物責任法等が反映されています。
第6章「コンプライアンス法務」では、コンプライアンスのポイントとして、次のように述べています。
プログラムを構築することの重要性を述べたうえで、以下の分野をカバーする法律の解説とケーススタディが掲載されています。
POINTS
(p.106、第6章「コンプライアンス法務」)
・会社のリスクに応じたコンプライアンス・プログラムを構築することが重要である。
・賄賂の禁止のみならず、公務員(外国公務員を含む)と不適切な関係を持つことを避けなければならない。
・反社会的勢力への対応並びに危機が企業に生じる場合に備えて事前の準備が必要である。
・クレーム対応においては、正当な要求と不当な要求を切り分ける能力が必要である。
・レピュテ―ションリスクの軽減を図り、回復させるためには、法務部門による助言が必要である。
法律の専門家の視点による解説から、コンプライアンス問題のリスク構造と対応策について学ぶことができる一冊です。
3-2. コンプライアンス問題が発生した場合の対策を知りたい
吉川達夫、平野高志(編著)『コンプライアンス違反・不正調査の法務ハンドブック』,中央経済社,2013
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6名の弁護士、企業のコンプライアンス担当による共著です。編著者の吉川達夫弁護士は、前述の本と同一人物です。平野高志弁護士は、元マイクロソフト法務執行役員です。
法律の専門家の視点から、コンプライアンス違反を見抜く方法について、事例を交えてわかりやすく解説しており、コンプライアンス違反の原因とその見抜き方を理解できます。
第1章では、経営者に対して、「疲弊したコンプライアンスから攻めのコンプライアンスへ」と題し、コンプライアンスは守りの機能のみではないとしたうえで、次のメッセージを掲載しています。
Key Point
(P2 第1章「組織と不正調査」)
・コンプライアンス強化は企業の体力強化。攻めの経営の大きな柱。
・コンプライアンス違反不正調査の定型業務化が必要。
・リーガル部門を不正調査実施の核となる部門へ変革させる。
また、第10章では、「元銀行支店長による『攻めのコンプライアンスのための組織マネジメント5箇条』」として、次のように述べています。
本章は、元日本長期信用銀行(現、新生銀行)の江波戸隆明氏の担当です。
① 組織の現状把握-「まず、部下(相手)を知ること。人物プロファイリングを徹底せよ」
(出典:pp.169-174)
② 記録-「メリハリのある正しい記録を残せ」
③ 研修・セミナー-「主体的参加こそが、人を大きく成長・変化させる」
④ 現場・現物主義-「五感をフル回転させ、現場・現物を確認せよ」
⑤ コミュニケーション-「報(ほう)・連(れん)・相(そう)を徹底せよ」
コンプライアンス問題発生時のダメージを縮小する方法から予防策まで、コンプライアンスの基本全般を学ぶことができる一冊です。
■大手電機メーカーで実際に行われた施策をもとに、コンプライアンス教育手法を131ページにわたり解説!
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3-3. ビジネスシーンから、法的リスクを学びたい
塩野誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』, 東洋経済,2015
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著者の塩野誠氏は、経営共創基盤取締役、ワシントン大学LLM(法学修士)、宮下和昌弁護士は、元ソフトバンク法務部です。
国内外のベンチャー企業から大企業までのコンサルティング経験を踏まえて、法的リスクを事業の視点から分類し、具体的なビジネスシーンにおいて、何をすべきで、何をすべきでないかを噛み砕いて解説しており、コンプライアンス取組みの基本を理解できます。
法的リスクと訴訟リスクについて、次のように区分しています。
・法的リスクは、①「法令違反そのものの影響の大きさ」に、②「法令違反の発生確率」、及び③「ダメージコントロールの成功度」を掛け合わせたものである。
(p.2、p.22、「Chapter 1 戦略参謀のための基礎法学」)
・訴訟リスクは、様々なリスクの集合体である。そのうちのどれを指すかによりリスクの程度、また、対応方法は大きく異なってくる。
コンプライアンス問題は、法分野ごとではなく、ビジネスシーンに合わせて発生するものです。
本書は、ビジネスシーンの視点から、法的リスクと訴訟リスクについて論点と事例が整理されており、コンプライアンスの基礎を学ぶために有効な一冊です。
4. まとめ
コンプライアンス問題を理解するために有益な事例を紹介している本を、実例を素材に書かれたリアルな小説から、専門家が事例を解説し、対策を紹介している本まで、10冊を目的別にご紹介しました。
コンプライアンスは法令順守が基本ですが、具体的なビジネスシーンでは、判断に迷う微妙なケースも多いと思います。
その際に、実際のトラブル事例から、なぜコンプライアンス問題が発生したのか、その事例から何を教訓として学ぶべきかを知っていることは大切です。
それぞれの目的に合わせて、興味のある本を読み、コンプライアンスを意識した行動につなげてください。
また、以下の記事では学習に役立つ事例の探し方をご紹介します。ぜひこちらもご参照ください。