コンプライアンスを 教える

小売業のコンプライアンス教育 アルバイトが多い業界ならではの手法

2022.1.5 更新

「どの店舗でいつどんなトラブルが発生するか、毎日気が気じゃない」

こんな気持ちで日々を過ごされている多店舗展開企業のコンプライアンス担当、または人事部門の方は多いのではないでしょうか。

本部発信でコンプライアンスの遵守は呼びかけているものの、スタッフレベルまで行き届いているか分からず、不祥事の発生リスクに怯える日々―。

百貨店やスーパーマーケット、コンビニエンスストアや専門店など多岐に渡る業種において、正規社員だけでなく、パートタイムやアルバイトなど多様な雇用形態の人材が働く小売業界。その事業所数は法人単位で90万以上、従業員数は個人事業主を含み約1100万人に上ります[1]

そしてその規模・多様性ゆえに、この業界では倫理や道徳にまつわるトラブルや問題が発生しやすく、近年ではインターネットの世界を騒がせる事件も珍しくありません。

小売業におけるコンプライアンスを実現するためには、これらの特徴を理解した上で効果的な教育方法を企画する必要があります。

そこで、今回は、モノを仕入れて売ることが主要な事業である「小売業」について、現場の課題を把握するとともに、予防法務の効果が期待できるコンプライアンスの重点教育の企画方法について、ご紹介します。

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ゲーミフィケーションで実践する教育の仕組みづくり

大手電機メーカーで実際に行われたコンプライアンス施策をもとに教育手法にフォーカスし、131ページにわたり解説しています。

[1] 総務省「第14章 卸売業・小売業」,『総務省統計局』,https://www.stat.go.jp/data/nihon/14.html(閲覧日2021年8月2日)

1. 小売業が持つ他業種との違いと特徴

小売業の特徴を、コンプライアンス教育企画への影響面から見てみましょう。小売業の特徴として、まず拠点の多さがあります。

小売業の特徴的なコンプライアンスの共通課題として、EY Japan戦略マーケッツ事業部コンプライアンス・リスクグループの横田祐次氏は、「多店舗展開により各拠点のコンプライアンスの現状が把握できていないこと」と指摘した上で、ある企業不祥事が発生した多店舗展開企業の経営者の次のような発言を紹介しています。

あまりにも拠点が多く、どうしても、現場任せとならざるを得ない。非正規社員も増加傾向にあり、教育も十分とはいえない。いつ、また企業不祥事が再発するかもしれないと思うと、夜も眠れない。なにか有効な手だてはないでしょうか[2]

現状が把握できていない状態では、コンプライアンス問題が発生した場合、事後に問題を解決するしかなく、どうしても後手の対応となります。

現状を把握しない限り、コンプライアンス問題の潜在的なリスクを分析し、そのリスクに対して適切に対応する仕組みや仕掛けを行う、予防法務のレベルには至りません。

したがって、不祥事を起こした企業は、残念ながらコンプライアンス問題がいつかまた再発するのではないかという不安を持ち続けることになります。

また小売業には、メーカー・卸売業と恒常的に取引関係があります。その取引において不当な要求や取引条件を押し付けることは、独占禁止法や下請法のコンプライアンス問題を発生させる原因になりかねません。

参考)
株式会社アクティブ・コンサルティング「流通小売業界のコンプライアンス研修」,『コンプライアンス研修』,2020年4月19日,https://compliance-kensyu.com/03-06retail/(閲覧日2021年8月2日)

小売業のコンプライアンスを実現するためには、本部機能のような管理部門に加えて、多拠点で多様な雇用形態を持つ従業員が存在する現場の課題を分析した上で、重点的に教育する方法の企画が必要です。

[2] 横田祐次「小売業におけるコンプライアンス上の共通と対応策」,『情報センサー Vol.74 Aug-Sep 2012』,https://www.eyjapan.jp/library/issue/info-sensor/pdf/info-sensor-2012-08-04.pdf(閲覧日2021年8月2日)

2. 小売業に適した重点教育のサンプル例

それでは、小売業の特徴である多拠点に対応した重点教育のサンプル例をご紹介しましょう。

2-1. 全社員の重点教育分野

コンプライアンス教育を行うには、前提条件として、業種に関係なく定期的なコンプライアンスに対するトップの正しい理解と明確なメッセージが必要です。

それを受けて、全社員がコンプライアンスの基礎知識を「問題発見力」として学び、幹部社員がリスクを予見し、迅速に対応できるよう「問題解決力」につなげることが重要です

本部機能のような管理部門の幹部や社員に対しては、問題発見能力をeラーニングで学び、問題解決能力を集合研修で学ぶブレンディド・ラーニングによる教育が適切でしょう。

ブレンディッド・ラーニングとは 研修とeラーニングのうまい組合せ方

一方、拠点が多く広く分散しており、さらに働き方も多様な従業員が多い小売業では、現場で起こっているコンプライアンスの潜在的なリスクを把握するのが難しい状況にあります。

しかし、コンプライアンス問題は現場から発生することも多く、現場のリーダーは現状の課題を把握することが求められます。

そこで、定期的なアンケートを行って現状を把握する方法がお勧めです。アンケートによって現状を分析し、潜在的なリスクを予測するとともに、重点分野を特定した上で従業員に対する啓発教育を行うのです。この関係を図にすると次のようになります。

図)コンプライアンス 階層別教育

※この関係図について、無料eBooK「コンプライアンスが面白くなる!~ゲーミフィケーションで実践する教育の仕組みづくり」の第4章で詳しく解説しています。

この関係図に基づき、全社員に重点教育が必要な法分野は、次の3つが考えられます。

(1) パワハラ防止法
(2) 情報セキュリティ(個人情報保護法を含む)
(3) 独占禁止法・下請法

(1) パワハラ防止法

パワハラと呼ばれる優越的な地位に基づくハラスメント(嫌がらせ)について、関連法の改正が行われ、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月からパワハラ対策が義務付けられました。

パワハラのようなハラスメントは、具体的な定義が難しい分野であり、法改正に伴う企業のコンプライアンスに対する基本的な考え方に加えて、具体的な事例を用いた教育が必要な分野です。

参考)
厚生労働省「パワーハラスメント対策が事業主の義務となりました!~セクシャルハラスメント等の防止対策も強化されました~」,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html (閲覧日:2021年8月6日)

(2) 情報セキュリティ(個人情報保護法を含む)

情報システムやインターネットが企業や組織の運営に欠かせない現代では、情報セキュリティ教育が必要です。

また、個人情報については、法改正によって匿名加工情報にすることで活用できる領域が広がりましたが、義務に違反した場合の罰則も設けられました。そのため、正しい知識に基づく適切な取扱いについての教育が必要です。

参考)
総務省「情報セキュリティ対策の必要性」,http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/business/executive/01.html(閲覧日:2021年8月2日)
弁護士法人クレア法律事務所「個人情報保護法の改正によって、匿名化された個人情報の取り扱いが新設されたと聞きましたが、どのようなものでしょうか?~匿名加工情報について~」,https://www.clairlaw.jp/qa/cat457/cat446/post-91.html(閲覧日:2021年8月2日)

(3) 独占禁止法・下請法

小売業はメーカーや卸売業と恒常的な取引関係があり、場合によってはメーカーや卸売業から不当な取引制限を受ける可能性があります。

また逆に、小売業側が不当な取引制限を行うことにより、独占禁止法の問題が発生する可能性もあります。

特に、大企業の小売業が下請事業者と取引する場合には、下請法の遵守が必要です。これらのことから独占禁止法・下請法の教育は小売業にとっては重要です。

独占禁止法違反を防ぐ研修のポイントとは 教育設計と研修事例をご紹介

下請法コンプライアンス教育はこうする 研修事例で学ぶ効果的な対策

2-2. 多拠点だからこその重点教育分野

本部機能の管理部門の幹部や社員については集合研修やeラーニングによる教育が可能です。しかし、規模が小さく全国に点在している拠点や、働く時間や雇用形態が多様な社員、パートタイム、アルバイトなどの従業員全てに対して、集合研修やeラーニングによる教育を継続的に行うことは現実的には困難です。

しかし、小売業のコンプライアンス問題は現場から発生しているケースが多いのが現状であり、多拠点のコンプライアンス問題の課題を分析した上で、重点教育を企画する必要があります。

こうした特殊なケースで有効な方法は、PCや携帯から簡単にアクセスできるネットアンケートを用いたコンプライアンスの啓発教育と課題分析を兼ねたプログラムです。具体的には次のような方法が挙げられます。

まず2つの形式のアンケート設問を設計します。

1つ目は、小売業のコンプライアンスに必要な法分野について基本的な知識を問う形式にします。ただし、通常のeラーニングの学習問題やテストと異なり、正誤を問うのではなく、知識の啓発教育と課題分析を兼ねた設問と回答を設計します。

その上で、コンプライアンスの教育・研修として、どの法分野を学びたいかを受講者に問います。そして、知識の設問と学習希望分野の問題の回答を合わせて比較分析し、コンプライアンス問題のリスクがあると思われる分野を絞り、その対象に対して、重点教育を行う方法です。

ここで例を挙げましょう。次の設問は、コンプライアンスの知識を問う下請法(口頭発注)の設問サンプルです。

<設問サンプル1>
あなたは、下請け事業者に対して、急を要したので口頭で発注し書面(発注書)を交付しなかった場合、下請法違反になることを知っていますか?

<回答>
回答1 他人に説明できるぐらい知っている
回答2 知っている
回答3 どちらかといえば知っている
回答4 どちらかといえば知らない
回答5 知らない
回答6 全く知らない

<設問サンプル2>
あなたは、コンプライアンス教育・研修として、次のうち、どの分野が必要だと思いますか?(複数回答可)

回答1 パワハラ防止法
回答2 情報セキュリティ
回答3 個人情報保護法
回答4 独占禁止法
回答5 下請法
Etc.

2-3. 設問サンプル1の目的とは

設問サンプル1の狙いは、口頭発注に対する下請法の義務を啓発教育するとともに、どの程度知っていると自信を持って言えるかを自己申告してもらい、潜在的なリスクの度合いを分析することです。

「よくわからない」や「何ともいえない」など、統計的に意味を持たない中間的な回答の選択肢を設けないことで、レベルを数値化することができます。この方法は、心理学の研究から生まれた「セルフ・エフィカシー型のアンケート」といいます。

カナダの心理学者A・バンデューラは、「ある行動を自分自身がうまくやり遂げられるかという自信である“セルフ・エフィカシー”(self-efficacy:自己効力感)」理論を提唱しました。

セルフ・エフィカシー理論は、もともと依存症治療の効果を計る場合など、臨床医療の現場で活用されていました。しかし現在では、研修など教育による学習効果の分析にも活用されています。

セルフ・エフィカシー理論は、アンケートの対象分野に関する設問に対して、自信があるか否かについて、回答者がどれだけ同意できるかという同意の度合いを段階的に選択し、その結果を数値化して分析する方法です。

回答者の属性(所属、職種など)を取っておけば、部門や職種ごとの傾向を数値化して、比較分析することもできます。

参考)
山本敏幸,田上正範著『交渉学の授業・ワークショップの成果を可視化する手法の研究―学習者の達成度・自信度をセルフ・エフィカシーにより可視化―』,日本説得交渉学会第3回大会発表論文集,2010年11月28日,P34-36.

小売業のコンプライアンスに必要と思われる法分野について、主要な論点に対して、この形式で設問を作ります。

2-4. 設問サンプル2の目的とは

設問サンプル2の狙いは、学習が必要な重点分野の絞り込みです。

多様な勤務形態を持つ社員やパートタイム労働者やアルバイトは、eラーニングを用いたとしても、多くの時間を教育に当てるのは難しいと思います。そのため、このようなアンケートによって学習が必要な重点分野を絞り込みます。

属性によって回答者の希望が異なるということは、希望が多い分野を担当する従業員が不安を持っている可能性が高い、ということです。

たとえば、業務形態や雇用形態が同じであるにもかかわらず、ある拠点で他の拠点や同様の拠点の平均と比較して、極端に希望が多い場合、そこに何か背景となる理由があるという仮説が立てられます。

そのような場合は、アンケート結果の数字を傾向として示し、「従業員の希望が多いため重点教育を行う」というメッセージとともに、対象者に重点分野の教育を実施します。その学習効果や学習後のアンケート、またフォローアップのヒアリングなどで、背景の理由を調べ、分析することができます。

現場の社員、パートタイム労働者やアルバイトに対する教育には、時間と場所を自由に設定できるeラーニングによる教育が適しています。

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3. まとめ

小売業は、事業所が多拠点に分散している特徴があります。

また、各拠点では社員に加え、パートタイム労働者やアルバイトなど、多様な雇用形態の従業員が多く存在します。

小売業のコンプライアンスを実現するには、これらの特徴を理解した上で、効果的な教育方法を企画する必要があります。

重点教育のサンプル例として、全社員の重点教育分野として、「パワハラ防止法」、「情報セキュリティ(個人情報保護を含む)」、「独占禁止法・下請法」を取り上げました。

また、多拠点の社員、パートタイム労働者、アルバイトには、セルフ・エフィカシー型のアンケートにより、啓発教育を行うとともに、課題を分析する方法をご紹介しました。

今回説明した小売業の特徴に合わせたコンプライアンス教育の取り組みを参考に、自社の適切なコンプライアンスの実現に取り組んでください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある 。

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