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知財ビジネス入門 ランチパスポートが開いた新路はどう評価できるか

2023.10.17 更新

「ランチパスポート」はご存知ですか?

通常700円以上のランチメニューが500円で食べられるランチブックとして、2011年に始まったこのサービスは、掲載店から広告料を取らない手法を採用し、読者、掲載店、書店、出版社の「四方よし」のビジネスモデルとして話題になりました。

2016年にはエリアが100を超え、その後、42都道府県に拡大するサービスとなりました。

実はこのランチパスポート、そのお得さもさることながら、別の面でも大きな注目を集めていました。

ランチパスポートは、商標権、特許権、著作権といった知的財産権を多面的に活用したビジネスモデルを確立し、斜陽傾向にある出版事業を守るビジネスモデルとしても話題となりました。

しかし、2016年にはアプリサービスの開始に伴い、ランチブックは、エリアが大幅に縮小しました。そして、ランチブックのビジネスは継続していますが、2020年3月には、アプリサービスは終了しています。

知的財産を活用したビジネスモデルを検討したり、教育モデルをお探しのあなたにとって、このビジネスモデルの価値とリスクを考えることは、大変よいケーススタディになります。

ランチパスポートのビジネスモデルを素材に、それぞれの知的財産権がどのような権利であり、このビジネスモデルでどのように活用されているのか、また、このビジネスモデルのどこに価値があり、どのようなリスクがあったかを具体的に見ていきましょう。

ぜひ、あなたの会社の知財戦略にお役立てください。

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1. ランチパスポートのビジネスモデル

出版業界は長らく低迷しており、構造的な不況であると言われています。1996年の出版全盛期以降、市場規模は縮小し続けています。

書店調査会社アルメディアによると、書店は1999年の22,296店から、2019年には11,024店と半減し、出版物販売金額も、1999年の2兆4,607億円から、2019年には1兆2,360円と同じく半減しています。[1]

そのような環境の中で、出版社、書店、掲載店、読者を四方よしにするビジネスモデルとして注目されたのが、四国で誕生した「ランチパスポート」という雑誌です。

参考)
株式会社ほっとこうち、株式会社エス・ピー・シー『ランチパスポート公式サイト』,
http://lunchpassport.com/books/(閲覧日:2020年9月8日)

日沼諭史,株式会社インプレス「どのランチも500円。アプリになったお昼時の強い味方「ランチパスポート」」『ケータイWatch』
https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/column/teppan/745269.html(閲覧日:2020年9月8日)

ランチパスポートは、高知県でタウン誌の出版・販売を行なう「株式会社ほっとこうち」が商標権を取得し、愛媛県でメディア事業を行なう株式会社エス・ピー・シーと共同で2011年からサービス事業を行っています。

このビジネスモデルの関係者を図式化すると次のようになります。

(図表1)「ランチパスポートのビジネスモデル」[2]

このビジネスモデルは、株式会社ほっとこうちが「ランチパスポート」の商標権を取得し、ライセンス契約を条件に、株式会社エス・ピー・シーと共同で、各出版社に対して、掲載のノウハウや出版のためのシステムを提供していると思われます。

また、2016年に開始した公式アプリのサービスについても、両社が共同で2013年に「クーポンシステム」として特許出願し、2018年に権利を取得(特許6347383)しています。

参考)
株式会社ほっとこうち、株式会社エス・ピー・シー『ランチパスポート公式サイト』,
http://lunchpassport.com/books/(閲覧日:2020年9月8日)

株式会社ほっとこうち「会社概要」『ほっとこうちweb』,
https://hotkochi.co.jp/company/(閲覧日:2020年9月8日)

株式会社エス・ピー・シー「会社概要」,
https://www.kk-spc.co.jp/company/index.html (閲覧日:2020年9月8日)

[1] 「出版状況クロニクル146(2020年6月1日~6月30日)」,『出版・読書メモランダム』,
https://odamitsuo.hatenablog.com/entry/2020/07/01/000000 (閲覧日:2020年9月8日)
[2] 中桐基善「見せればランチが500円 勢い続く『ランパス本』」,『NIKKEI STYLE』,2015年4月20日,https://style.nikkei.com/article/DGXMZO85037800Q5A330C1000000/(閲覧日:2020年9月15日)と、株式会社ほっとこうち、株式会社エス・ピー・シー『ランチパスポート公式サイト』,http://lunchpassport.com/books/(閲覧日:2020年9月8日)に基づき、金沢工業大学(KIT)客員教授 竹本和広氏が作成した教材について、許諾を得て使用
 

2. ランチパスポートにみる知財ミックス戦略

ランチパスポートのビジネスモデルで特徴的なのは、複数の知的財産権と自社のノウハウを組み合わせて活用していることです。

このように、知財を多面的な組み合せで活用することは、「知財ミックス」もしくは、「知的財産権ミックス」と呼ばれています。

これらは比較的新しい言葉であり、明確ではありませんが、ひとまず次のように定義されています。

“知財ミックス”については、明確な定義や考え方は整理されていない状況です。

いわゆる“知財ミックス”には、財産的価値を有する知財群を示す場面(知財ミックス)と、その財産的価値を有する知財群を法的に保護する知財権群を指す場面(知的財産権ミックス)がありますが、両者は、それぞれの目的や範囲が異なるものです。

一般社団法人日本知的財産学会,「知財人財育成研究分科会 第24回例会のお知らせ」,https://www.ipaj.org/bunkakai/jinzai_ikusei/event/24th_reikai.html(閲覧日:2020年9月8日)

参考)
乾智彦「知財ミックス戦略及び知財権ミックス戦略の本質的効果」,『パテント』,Vol.69, No.6,2016. 
https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201604/jpaapatent201604_096-104.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

鈴木公明「知財権ミックスによるブランディング支援―新たな商標の意義」,『特技懇』,no.280, 2016. http://www.tokugikon.jp/gikonshi/280/280design.pdf(閲覧日:2020年9月8日)
藤本昇,サン・グループ「[コラム]企業の知財戦略の変化(知財ミックス)」,2020年9月8日,
https://sun-group.co.jp/information/1058.html(閲覧日:2020年9月8日)

ランチパスポートのビジネスモデルは、商標権、著作権、特許権、ノウハウを組み合せて活用されています。ここでは、その内容について、具体的に見てみていきたいと思います。

2-1. 商標権の役割

商標権は、商品やサービスに使用する商標(マーク)を保護する知的財産権です。商標権を取得するには、特許庁に出願して審査を受けて、登録する必要があります。

商品(第1類~34類)と役務(第35類~45類)の区分ごとに出願と登録が可能であり、有効期間は10年間ですが、その後さらに10年単位で更新することができます。

商標権の出願・登録は、特許庁のデータベースや特許情報プラットフォームなどから検索することができます

商標権が、どの分野にいつ出願・登録しているかを見ることにより、権利者がどのような事業を目指しているかを知ることができます。

株式会社ほっとこうちは、2012年、「ランチパスポート」の商標権(登録551365)を、印刷物含む第16類に出願・登録しています。

その後、2015年には、「LUNCH\PASSPORT」の商標権(登録5767094)を、電子出版物を含む第9類と広告を含む第35類に出願・登録しています。

この登録内容から、当初は、出版をベースにしたビジネスモデルからスタートし、その後、ネットサービスへの展開を目論んでいたことがわかります。

こうした商標出願・登録状況の調査は、新しいビジネスモデルを考える際、ライバルや市場の動向を分析するために有効です。

参考)
特許庁、独立行政法人工業所有権情報・研修館『特許情報プラットフォームJ-PlatPat』,
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/(閲覧日:2020年9月8日)

経済産業省、特許庁「事例から学ぶ商標活用ガイド」,2019,
https://www.jpo.go.jp/support/example/document/trademark_guide2019/guide01.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

2-2. 著作権の役割

著作権は、文芸、美術、音楽等の創作的な表現(著作物)を保護する知的財産権です。商標権、特許権と異なり、特許庁に出願して登録する必要はありません

著作権者が著作物を創作した時点で権利が発生します。その権利は、創作後、個人の場合は、死後70年、法人の場合は、公表後70年保護されます。

著作物の対象になるのは新聞・小説・雑誌などの記事や絵画・写真などの美術品、TV・映画などの映像のほか、コンピュータのプログラムも保護される著作物に該当します。

株式会社エス・ピー・シーは、自動組版システムを開発し、出版社に提供しています。

このシステムのプログラムは株式会社エス・ピー・シーの著作物として法律で保護される対象となり、そのシステムの提供を通じて、出版社にライセンスしていると思われます。

2-3. 特許権の役割

特許権は、技術に関する発明(アイディア)を保護する知的財産権です。特許権を取得するには、商標権と同様に、特許庁に出願して、審査を受けて登録する必要があります。登録した権利は、出願後、20年間保護されます。

それでは、ランチパスポートが特許権を取得した「ビジネスモデル特許」とは、どのような権利なのでしょうか。知的財産管理技能検定のテキストからの引用をみてみましょう。

ビジネスの手法(例えば、顧客の購入金額に応じて一定のサービスポイントを与え、たまったポイント数により商品や商品券等に引き換えるサービスなど)それ自体は、人為的な取り決めであるため、「自然法則を利用」しておらず、特許法の保護対象である「発明」には該当しません

 しかし、ビジネス上のアイディアを、コンピュータやコンピュータネットワークなどのIT(情報技術)を利用して実現すれば、特許法の保護を受けられる可能性があります。(例えば、サーバを用いて、インターネットオプションで購入した商品の金額に応じてポイントを加算するサービス)。

これは「ビジネスモデル特許」と呼ばれています。

知的財産教育協会(一般財団法人知的財産教育研究財団)編『知的財産管理技能検定2級公式テキスト[改訂7版]』,株式会社アップロード,2017,P42

この基準に照らすと、ランチブックを用いたビジネスの仕組みそのものは、ビジネスモデル特許の対象にはなりません

ITを利用してこの仕組みを実現して初めて対象となり得るのです。ランチパスポートは、出版事業を守るビジネスモデルとして話題になりましたが、この特許は、ランチブックのビジネスモデルを守る効果はありません。

ランチパスポートが2013年に出願し、2018年に特許権を取得した権利の内容を見ると、発明の名称は、「クーポンシステム」です。発明者は株式会社エス・ピー・シーの社員ですが、出願は、株式会社エス・ピー・シーと株式会社ほっとこうちに加えて、大学共同利用機関法人・システム研究機構の共同出願になっています。

発明の内容は、印刷クーポンとデジタルクーポンを、ITを利用して識別するサービスです。そのため、この特許は、2016年にスタートした公式アプリによるサービスを保護することを目的とした特許出願です。

商標権の場合と同様に、特許出願・登録内容の調査は、新しいビジネスモデルを考えるときに、ライバルや市場の動向を分析するために有効です。

2-4. 独自のノウハウ

ノウハウは、企業の事業活動に有益な知識や知見のことです。商標権、特許権、著作権と異なり、知的財産に関する法律で保護される対象ではありません

しかし、一定の条件で秘密情報として管理しておけば、不正競争防止法の営業秘密として保護される可能性があります。また、ノウハウの提供は、秘密保持契約に基づき行われるのが通常です。

株式会社ほっとこうちは、2011年からランチパスポートの高知版を出版しているので、掲載店の勧誘などのノウハウがあるはずです。

株式会社エス・ピー・シーは、月刊誌やフリーペーパー版の出版から、成長出版ビジネス事業化支援などの事業をしており、出版に関するノウハウがあると思われます。これらは、ランチパスポートの商標権のライセンス契約を条件として、出版社に提供されていると考えられます。

このビジネスモデルは、株式会社ほっとこうちと株式会社エス・ピー・シーが共同で、株式会社ほっとこうちが出願・登録した「ランチパスポート」の商標権を、地域ごとに「ランチパスポート」を出版したい出版社に対してライセンスするとともに、株式会社エス・ピー・シーの出版システムを提供し、両社が持つノウハウを提供するサービスです。

そして、アプリサービスを守るために、共同で特許出願をしています。

ランチパスポートのビジネスモデルでは活用されていませんが、仮に、ランチパスポートのイメージキャラクターを作り、そのキャラクターのグッズを製品化した場合、そのグッズが量産可能な工業デザインであれば、意匠権により保護を受ける可能性もあります。

意匠権も、商標権・特許権と同様に、特許庁に出願して、審査を受け、登録する必要があり、その権利は、出願から25年間保護されます。

ビジネスモデルの価値を高めるためには、多面的に知的財産権を活用するアプローチが重要です。

2-5. アプリサービス終了とその後

2011年当初、ランチブックからスタートしたこのビジネスは、不況下の出版事業とその分野を担う事業者を守るビジネスモデルとして注目されていました。

さらに、サービス開始時点ではスタートしていなかったネットによるクーポン事業についても、2013年に特許出願し、2018年に権利を取得しています。

そして2016年には、公式アプリのサービスを開始し、その後しばらくは、ランチブックとアプリサービスを並行して提供しています。

しかし、2020年3月にアプリサービスを終了し、現在は、ランチブックのサービスのみを継続しています。

アプリサービスは、株式会社バリュー・パスポートという別の会社が運営しています。

株式会社ほっとこうちと株式会社エス・ピー・シーとの資本関係などは公開されていないため分かりませんが、株式会社バリュー・パスポートの監査役にほっとこうちの代表取締役が、取締役に株式会社エス・ピー・シーの代表取締役が就任しています。

アプリサービスの開始に伴い、ランチブックの提供エリアは大幅に縮小しています。アプリサービスを終了した理由は公開されていないのでわかりませんが、ランチブック出版による当初のビジネスモデルを守るために、アプリサービスを終了したのではないかと思われます。

2018年に取得したクーポンシステムのビジネスモデル特許は、2033年9月18日まで有効です。

そのため、ライバル企業が同様のアプリサービスを実施する場合は、株式会社バリュー・パスポートの許諾を得る必要があります。

ビジネスモデル特許は、自社のビジネスモデルの価値を向上させたり、ライバルから守るために有効です。この視点から見るとクーポンシステムのビジネスモデル特許は、ランチブックの出版サービスを対抗サービスから守っていると言えます。

しかし、ランチブックのビジネスは、再掲載を断る飲食店が出始めるなど、課題も指摘されています。さらに、類似した商標で同様の出版サービスを提供するライバル事業も出現しており、今後も厳しい競合が続くと思われます。

それでも、事業の企画段階から、自社のビジネスモデル価値を高めるために、複数の知的財産権の価値とリスクを考慮し、必要な権利を出願・登録しており、知財ミックス戦略の事例として、注目すべきビジネスモデルです。

参考)
ZUU online編集部「「ランチパスポート」ブームの裏で再掲載断る飲食店が続出する理由」,『ZUU online』,2015年9月11日,
https://zuuonline.com/archives/80717(閲覧日:2020年9月8日)

株式会社バリュー・パスポート「会社概要」,http://valuepassport.co.jp/(閲覧日:2020年9月8日)
EPARKランチパス事務局「【重要】サービス終了のお知らせ」,『Value Passport』,2020年3月11日,
http://valuepassport.co.jp/pdf/release_200311.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

東京中日企業株式会社「ランチパスポート休刊のお知らせ」,http://www.tck.hanbai.jp/?p=5692(閲覧日:2020年9月8日)
まいどなニュース・広畑千春「サラリーマンの味方「ランパス」が“絶滅危機”100→20エリアに」,『デイリースポーツonline』,https://www.daily.co.jp/society/life/2019/05/21/0012351566.shtml(閲覧日:2020年9月8日)

3. これからの企業の知財教育、知財戦略のポイント

従来、知財の知識がもっとも必要となる業種は製造業であると思われていましたが、ランチパスポートの例然り、知財の活用シーンやその方法は多様化してきています。

主な例を3つ見てみましょう。

まず挙げられるのが、イノベーションを求める大企業がベンチャー企業に対して出資や提携を行う動きです。

こうした例は、昨今増加傾向にあります。

ところが、経済産業省が策定・発表している「事業会社と研究開発型ベンチャー企業のための手引き」では、大企業とベンチャー企業の連携における失敗事例として、「連携の成果である知的財産の帰属やライセンス内容で合意できなかったり、自社に不利な内容で締結したりすることにより、連携は行ったものの期待された事業シナジー発揮には至らない」という、知財の問題が連携の壁となっている例があることが紹介されています。

そのため、新しいビジネスモデルの構築を目指す事業部門やマーケティング部門の担当には、ベンチャー企業を含む企業間の連携を成功させるためにも、知財の基礎知識が必要です。

なお、大企業とベンチャー企業の連携における課題の整理や事例については、以下の経済産業省の資料が参考になると思います。

参考)
経済産業省産業技術環境局「大企業と研究開発型ベンチャーの契約に関するガイドラインについて」,2019年11月25日,https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/innov/dai6/siryou4.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

経済産業省産業技術環境局「事業会社と研究開発型ベンチャー連携のための手引き」
「2016年度 初版(ベンチャー連携全体のStep整理 各Stepにおける“壁”への対応)」,2017年5月,
 https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/venture/tebiki.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

「2017年度 第二版(ベンチャー連携におけるマネジメント、組織体制の整理)」,2018年6月,
 https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/venture/tebiki2.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

「2018年度 第三版(CVCの設計・運用全体のStep整理 各Stepにおける”課題“への対応」,2019年4月,
 https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/venture/tebiki3.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

2つ目は、金融事業の変化です。

特許庁は、「知財ビジネス評価」を次のように定義し、各金融機関に対して、「知財ビジネス評価書」を用いて、中小企業の知財に対して積極的な融資を行うことを推奨しています。

知財ビジネスとは、知財権の金融価値評価ではなく、あくまで定性的な事業評価であり、知財を切り口として中小企業等における事業の実態や初来の成長可能性等について、理解を深めるために行うものである。

知財金融委員会「知財ビジネス評価のあり方」,http://chizai-kinyu.go.jp/docs/docs/arikata.pdf(閲覧日:2020年9月8日)

参考)特許庁「知財ビジネス評価書について」,『知財金融ポータルサイト』,http://chizai-kinyu.go.jp/docs/(閲覧日:2020年9月8日)

これからは、金融機関の融資担当にも、知財を理解し、評価する能力が求められるということです。

さらに、経営戦略の分野では、知財分析の手法とその手法を生かした知財重視の経営戦略を示す「IPランドスケープ」という用語が話題となっています。これが3つ目です。

「IPランドスケープ」は、まだ新しく、明確な定義がない用語です。

しかし同じく定義が曖昧な「ビッグデータ」という用語が話題となり、データの活用を重視した事業展開を促進するきっかけになったことを考えると、今後、同様に注目される可能性があります。

従って、経営戦略を企画し、経営者に提言する経営企画部門の担当にも、知財を理解し、自社の経営に活かす企画を考える能力が必要ということになります。

このように、知財の世界は広がっています。

ランチパスポートの事例から学べることは、事業の価値を守り、さらに、価値を高めるためには、知財を多面的に組み合わせる方法が有効だということです。

情報という無形資産を駆使してさまざまなサービスが提供される現代において、新しいビジネスモデルを考えるときには、知財の前提知識がこれまで以上にものを言うようになるでしょう。

そこで、本章では、今後の企業の知財戦略において重要な2つの要素をご紹介します。

3-1. マーケティングと知財の融合「IPランドスケープ」とは

企業の知財戦略について、「IPランドスケープ」という用語が話題になっています。まだ明確な定義はないようですが、以下のように説明されています。

経営戦略・事業戦略を積極的に成功させるために知財情報及びマーケティング情報等の非知財情報を統合して分析した事業環境及び将来の見通しあるいは戦略オプションを経営陣・事業責任者に対して提示する業務

KIT虎の門大学院「公開講座「『IPランドスケープ』とは何か~欧米の先進企業で広がる知財データを活用した最新の経営戦略・事業戦略策定の支援手法について」,2017年8月9日,配布資料 P19,http://www.kanazawa-it.ac.jp/tokyo/im/seminar/1202178_2818.html

以下の記事も参考になるでしょう。

参考)
「IPランドスケープとは」,『日本経済新聞』,2020年7月17日,
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO18871160U7A710C1TCJ000(閲覧日:2020年9月8日)

知的財産権(特許権、商標権、著作権等)は、企業が顧客に商品・サービスを提供する過程において、知的資産(人的資産、組織力、顧客ネットワーク、技能等)と知的財産(ブランドイメージ、ノウハウ等)から生まれてくる権利です。

従って、事業活動とは、知財を創り、活かす活動とも言えます。これらの関係を整理すると次のようになります。

(図表2)「知的財産権と知的資産・知的財産の関係」[3]

なお、知財活用について、特許庁が企業の具体的な事例を公開しています。以下の事例集をご参照ください。

参考)
特許庁「経営における知的財産戦略事例集」,2019年,
https://www.jpo.go.jp/support/example/keiei_senryaku_2019.html(閲覧日:2020年9月8日)

特許庁「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」,2020年,
https://www.jpo.go.jp/support/example/chizai_senryaku_2020.html(閲覧日:2020年9月8日)

3-2. 実用的な知財教育の実施

知財の知識は、開発者のみではなく、幅広い職能に必要とされる経営の基本知識です。そのため、人材育成プランに従った継続的な教育が必要になります。

私が特におすすめするのは、事例を用いた学習です。詳細は以下の記事をご参照ください。

コンプライアンスに事例学習が効く!意識を底上げする取り組みを解説

また、同じ記事の中で、知識の習得以外の要素として特に「問題発見能力」の育成が重要であることを解説しています。

知財の知識においても、問題発見能力の育成が必要です。さらに、発見した問題を解決するための「問題解決能力」の育成も必要です。

例として、私がかつてパナソニックでコンプライアンスと知財研修において、実施していた教育施策をご紹介しましょう。

まず、幅広い職能に対して問題発見能力を問うeラーニングによる研修を実施します。
教材は、具体的なビジネスシーンにおける判断軸の微妙な選択肢を提示し、問題の所在を自ら考えるという設計にしていました。

従来のビジネスの法律や知財に関する教材は、法学部の教育のように法律の理論を学び、それを現実のビジネスに当てはめようとしますが、実際のビジネスにおける問題は、法律や知財の問題として起こるのではなく、何らかの問題が発生し、その原因のひとつに法律や知財があります

私はこの考え方をeラーニング教材の設計に反映させたのです。受講者は、問題発見の教材を通じて、自ずと法律や知財について学び、考えることになります。

その後、LMS(Learning Management System、学習管理システム)から学習履歴データを取得し、職能や所属などの属性ごとに正答率などを分析します。

すると、法律や知財を構成するさまざまな知識について、従業員の理解度のバラツキや弱点分野など、教育上の課題が見えてきます。

また、研修後のアンケートも実施します。その結果からは、社内の法律や知財に関する取り組みの状況や問題意識が見えてきます。

これらのデータを元に、リーダーやマネージャー層に向けの演習を作成し、集合研修を行うのです。

演習の内容は、自社の事業に関する法律や知財分野における問題を解決するというものです。

こと自社の課題がテーマですから、抽象的でイメージし難い法律や知財についても、自ずと意識が高まりますし、問題解決能力の育成にも役立つというわけです。

企業には階層別、職能別などさまざまなタイプの教育がありますが、こうした施策の学習履歴をデータとして活用できるのは、eラーニングならではといえるでしょう。

私がコンプライアンスや知財分野の人材育成にeラーニングを活用したのも、こうした理由からです(eラーニングの活用方法については以下の記事をご参照ください)。

>>eラーニングの教育活用モデル6選 全社教育からタレマネまで目的別にご紹介

また、上記の例では、研修の実施サイドである我々のほうでデータの分析すなわち「問題発見」の部分を行ったわけですが、この作業自体を集合研修の演習としてもよいでしょう。

自分たちの組織が抱える問題や特徴に関するデータを分析することは、法律や知財の学習のみならず、リーダーやマネージャー層が、経営的な視点から組織の現状や課題を検討したり、新しいビジネスモデルを考えたりするためにも有効です。

ことビジネスに関しては、世の中の事例や自社の事例、従業員の中にこそ学びの素材があるものです。

こうした素材を活用し、実用的な知財教育を行うことが、自社のビジネスモデルにおける知財戦略の策定と実施のための重要なポイントになってきます。

ぜひ活用をご検討ください。

[3] 金沢工業大学(KIT)客員教授 竹本和広氏作成による教材を許諾を得て使用

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4. まとめ

事業活動とは、知財を創り、活かす活動です。

事業やビジネスモデルの価値を高めるためには、知財を理解し、複数の知的財産権を多面的に組み合わせて活用する方法が有効です。

特許権、商標権、意匠権は、特許庁に出願して審査を受け、登録が必要な知的財産権であり、それぞれ登録できる要件が異なります。これらは、出願や登録内容が特許庁のデータベースから検索できますから、事前に調査することは、ライバルや市場の分析をするためには欠かせません

著作権は出願・登録の必要はなく、創作と同時に権利が発生します。

これらの知的財産権について、それぞれ、どのような価値があり、何が法律で保護されるのか、そして、保護されるにはどのような手続きが必要であるのかを知っておくことが重要です。

このような知財の知識は、いまや開発職のみではなく、事業部門、マーケティング部門から、経営企画部門の担当者にも教育する必要があります。また、金融機関の融資担当にも、知財の知識が求められるのです。

幅広い職能の継続的な教育には、人材育成計画が必要であり、学習履歴と分析ができるeラーニングを用いる教育が有効です。

今回ご紹介した事例を参考に、知財の知識を経営の基本知識として、継続的な人材育成にご活用ください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )、日本工業大学(NIT)大学院 客員教授(技術経営研究科)
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある。

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コンプライアンスが
楽しくなる!

ゲーミフィケーションで実践する
教育の仕組みづくり

カードを集めながらストーリーを進めるだけで身に付く、新感覚な解説書。社員教育にもおすすめな一冊。