コンプライアンス教育のプログラムを作る場合、実際の違反事例を素材として使うことは、社員の学習意欲を高めるうえで有効です。
自社に適した事例がない場合は、話題性のある他社事例を用いると良いでしょう。ただし、自分の会社では起こらないだろうという「対岸の火事」の意識に注意し、学習者の業務に関連づける必要があります。
一方、「自社の事例を活用したい」というケースもあるでしょう。詳しい背景や事情が分かるので学習者も身近に感じる半面、自社の事例であるからこそ、気を付けるべき点もあります。
今回は、自社の事例を用いて、効果的なコンプライアンス研修を企画する方法をご紹介します。
自社事例の活用のポイント
自社事例をコンプライアンス研修に活用する場合も、他社事例と同様に、社員が興味を持てるものでなければなりません。
自社事例の有効性
自社事例を使う場合のメリットを考えてみます。
まず、自社のニアミスやトラブル事例は、社員が身近に感じやすいという点が挙げられます。部門や職種が異なることもありますが、同じ会社で発生したコンプライアンス問題であれば、他人事とは思えないという意識が、他社の事例よりも生まれやすいでしょう。
さらに、実際の社内の事例なので、研修の素材に活用できる情報が豊富にあることです。また、ニアミスやトラブルが発生した後、どんな対応をしたのか、それが、どのような結果に結びついたのかといった、リアルケースのフィードバックが可能です。
自社事例を使う場合の注意事項
自社事例は身近に感じるとはいえ、学習者の職場や職種と異なれば、どうしても他人事に感じてしまう「対岸の火事の意識」が生まれるかもしれません。
自社事例と使うと、リアルケースのフィードバックができるメリットはありますが、トラブルが起こった後で、当時の担当者や責任者の意思決定のミスを指摘するのは容易です。そのため、学習者が 「○○部門の責任者のミスで起こった問題」というような、責任追及型の意識を持ちやすいというリスクもあります。
こうした事態を避けるためには、研修プログラムの中で、
① 事例から何を学ぶべきことを明確にする
② 研修の参加者が「自分に起こりえること」として考えられるよう工夫する
という2点を押さえておくことが必要です。
事例素材の選び方:リスクモニタリング
コンプライアンスを考える場合、リスクマネジメントに取り組むことも重要であり、その基本は、リスクの対象と損失原因の確認です。つまり、コンプライアンス問題が発生する前に、リスクモニタリング(リスクの定期チェック)を行うことが大切です。
実は、リスクモニタリングのプロセスは、コンプライアンス教育のための事例素材を集める手段にも使えます。
リスクモニタリングは、社内の各事業部門にコンプライアンス担当者を設置している場合、その担当者にヒアリングやアンケートを行います。コンプライアンス担当者を設置していなければ、組織責任者や担当者を選び、同様にヒアリングやアンケートを行います。
実際に、コンプライアンス問題が発生していなかったとしても、発生するリスクがあるか、ヒヤリとしたニアミスがなかったかまで調べることが重要です。「1件の重大事故の背景には、29件の軽微な事故と300件のニアミスがある」という「ハインリッヒの法則」があります。リスクモニタリングでは、ニアミスのレベルまで踏み込んで調べてください。
参考)
マーケティング用語集「1:29:300の法則(ハインリッヒの法則)(j-marketing.net)
http://www.jmrlsi.co.jp/knowledge/yougo/my08/my0849.html
より有効に活用する方法:ネットアンケート
社内のコンプライアンスの浸透度や社員の意識を探るには、ネットアンケートで「コンプライアンス意識実態調査」を行う方法があります。
ネットアンケートでは、コンプライアンスの意識に対する質問に加えて、どの法分野の問題がわかりにくいかといった質問を用意します。
次のようなものです。
質問:次の法分野のうち、自分の業務に関連しているが、分かりにくいと考えているものを選んでください(複数選択可)。また、その理由をお教えください。
□独占禁止法 □下請法 □安全保障貿易管理 □PL法 □著作権法
アンケートを集計し、「全社員の〇%が、著作権法が分かりにくいと考えている」という結果が出たとします。そうであれば、その数値と理由(適法の範囲での引用の方法がよく分からない、など)を根拠に、著作権法を分かりやすく解説する教材を作ったり、著作権法コンプライアンスの重点研修を行ったりするのです。そうすれば、社員は「要望に応えてくれた」という意識を持ち、「なぜ、著作権法を学ぶのか」という動機付けが明確になります。
自社事例の活用方法
コンプライアンス教育に用いる事例の素材選びには、4つのポイント、①誰が、②いつ、③どのような場面で、④どのような問題が発生したか、を明確にします。そのうえで論点を整理し、教訓を抽出していきます。(詳しくは「コンプライアンス教育の肝は事例選び!効果を引き出す活用のコツとは」を参照)
ここでは、抽出した自社の素材を基に、コンプライアンス教育に活用できる事例問題の作り方を紹介します。
パターン1:設問の正誤を問う問題
作り方のポイントは、次の2点です。
① 設問の中で、回答者の立場を指定
② 具体的なビジネスシーンで判断に迷うような場面を設定
このパターンは、法令の基礎知識の理解度を問うといったケースに使えます。以下に挙げたのは、下請取引の対象を理解しているかどうかを尋ねるサンプル質問です。
<サンプル問題1>
あなたは、マーケティング部門で、商品の販促物を作成する担当者です。下請事業者への製品の設計図やデザインの発注は下請法の適用を受ける取引だと考えているが、販促用の商品カタログやポスターは対象外だと考えている。
(ア)正しい理解である
(イ)誤った理解である
(正解)(イ)
(解説)
これは、下請取引の対象に関する問題です。下請取引の対象となる「情報成果物」には、カタログやチラシの原稿、ポスターの原画の作成等が含まれます。また、カタログ、ポスター、チラシの印刷等を依頼することは、下請取引の対象となる「物品の製造」になります。従って、正解は、(イ)です。
参考)
よくある質問コーナー(下請法)(販促用のポスター等)Q10 (公正取引委員会)
https://www.jftc.go.jp/shitauke/sitauke_qa.html#cmsQ10
パターン2:選択肢から正しいものを選ぶ問題(1)
次は、複数の選択肢を設けて回答する問題です。
場面の設定方法はパターン1と同じですが、選択肢を3つにすることで、難易度を上げています。また選択肢を同僚が会話する設定にすることにより、学習者の親和性を持たせる設計しています。以下に、下請取引の対象を理解しているかを問う問題のサンプルを挙げました。
<サンプル問題2>
あなたは、システム開発の担当者です。開発中のシステムに組み込むソフトウェアの一部を下請法の適用を受ける取引先に発注することになりました。この事例について、あなたの同僚が以下の会話をしています。次のうち、最も適切な発言を選択してください。
Aさん「ソフトウェアは、発注時に最終仕様が決まっていないことが多いが、それでも、発注時に注文書を必ず交付しなければならないはずだ」
Bさん「最近は電子メールで発注することも多く、下請先に聞かなくても、電子メールで代用しても問題ないと思う」
Cさん「緊急の場合であれば、下請先の承諾を得ておけば、口頭で発注し、発注代金の支払期日までに注文書を交付すれば良いと思う」
(ア)Aさん (イ)Bさん (ウ)Cさん
(正解)(ア)
(解説)
これは、下請事業者への発注に関する問題です。発注は、原則として書面の交付が必要です。緊急時などやむを得ない場合は、口頭でも発注できますが、直ちに書面の交付が必要です。また、電子メールなど電磁的方法による発注も可能ですが、事前に下請事業者から承諾を得る必要があります。
(ア)について、問題文の通りです。(○)
(イ)について、事前に下請事業者の承諾が必要です。(×)
(ウ)について、口頭での発注後、直ちに書面の交付が必要です。(×)
従って、正解は(ア)です。
パターン3:選択肢から正しいものを選ぶ問題(2)
パターン2と同じ設定ですが、選択肢を4つにすることにより、難易度が上がります。つまり、選択肢の数で難易度を調整することができるというわけです。たとえば、学習前にパターン2で回答してもらい、学習後にパターン4で理解度を確認するのもいいでしょう。
<サンプル問題3>
あなたは、システム開発の担当者です。開発中のシステムに組み込むソフトウェアの一部を下請法の適用を受ける取引先に発注することになりました。この事例について、あなたの同僚が以下の会話をしています。次のうち、最も適切な発言を選択してください。
Aさん「最近は電子メールで発注することも多く、下請先に聞かなくても、電子メールで代用しても問題ないと思う」
Bさん「緊急の場合であれば、下請先の承諾を得ておけば、口頭で発注し、発注代金の支払期日までに注文書を交付すれば良いと思う」
(ア)Aさんが適切 (イ)Bさんが適切 (ウ)両方とも適切 (エ)いずれも不適切
(正解)(エ)
(解説)
これは、下請事業者への発注に関する問題です。発注は、原則として書面の交付が必要です。緊急時などやむを得ない場合は、口頭でも発注できますが、直ちに書面の交付が必要です。また、電子メールなど電磁的方法による発注も可能ですが、事前に下請事業者から承諾を得る必要があります。
Aさん:事前に下請事業者の承諾が必要です。(×)
Bさん:口頭での発注後、直ちに書面の交付が必要です。(×)
従って、正解は(エ)です。
作成した問題は、集合研修の演習問題のほか、ネットテストや次のようなeラーニングの問題としても活用できます。
(出典:eラーニング コンプライアンスシリーズ(Lightworks)「下請法(基礎編)」1章 腕試し 2節腕試し 1項腕試し 下請法の基本理解)
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まとめ
自社のニアミスやトラブル事例を用いたコンプライアンス研修は、
① 社員が身近に感じやすい
② 背景や結果など、詳しい情報を得られやすい
というメリットがあります。
しかし、その事例が研修の参加者の職場や職種と異なる場合、自分とは関係ないと思う「対岸の火事の意識」や、事後からだから言える「責任追及型の意識」につながる危険もあります。そのため、研修プログラムの中で、この事例から何を学ぶべきかというメッセージを打ち出し、学習者が自分の事として考えられるように工夫する必要があります。
事例選択には、リスクマネジメントで用いられるリスクモニタリング(リスクの定期チェック)や、コンプライアンス意識を調査するようなネットアンケートが有効です。ただしリスクモニタリングでは、トラブルに至らなかったニアミスのレベルまで調査しましょう。ネットアンケートの結果は、教材作りの参考になりますし、実際に社員が知りたいことを研修内容にすれば、学習意欲を刺激します。
今回は、活用方法として事例問題の作成方法をご紹介し、回答方法の違ういくつかのパターンをサンプルとして挙げました。自社の事例素材を活用する方法を、コンプライアンス教育の企画に生かしてください。
<参考情報>
・公正取引委員会(下請法:よくある質問コーナー)
https://www.jftc.go.jp/shitauke/sitauke_qa.html#cmsQ10
・年間およそ200社が倒産!会社をつぶさないためのコンプライアンス入門
https://research.lightworks.co.jp/compliance01
・事例学習が効く!会社をつぶさないためのコンプライアンス教育
https://research.lightworks.co.jp/compliance-measures
・コンプライアンスならまずはこの本から 専門家が厳選した入門10選タイトル
https://research.lightworks.co.jp/compliance-book
・コンプライアンスとは 法令だけじゃない、CSRとリスクマネジメントの重要性
https://research.lightworks.co.jp/compliance-csr-risk-management
・コンプライアンス教育の基本 違反の原因・階層別の教育方法をご紹介
https://research.lightworks.co.jp/compleance-education-basic
・独占禁止法違反は実例教育で防ぐ 研修事例で学ぶ企画のポイントとは
https://research.lightworks.co.jp/compleance-edu-antimonopoly
・下請法コンプライアンス教育はこうする 研修事例で学ぶ効果的な対策
https://research.lightworks.co.jp/compliance-edu-subcontracting-law
・PL法コンプライアンス教育で品質問題リスクを防ぐ 研修事例をご紹介
https://research.lightworks.co.jp/compliance-edu-pl-law
・海外出張やクラウド利用も注意! 外為法違反を防ぐコンプライアンス教育
https://research.lightworks.co.jp/compliance-edu-foreign-exchange-law
・うかつなコピペも大損害! 著作権侵害を防ぐコンプライアンス教育とは
https://research.lightworks.co.jp/compliance-edu-copyright
・コンプライアンス教育の肝は事例選び!効果を引き出す活用のコツとは
https://research.lightworks.co.jp/compliance-case-study
・コンプライアンス教育の事例選びに使えるサイト・書籍、活用法をご紹介
https://research.lightworks.co.jp/compliance-utilize-case-problem
・コンプライアンス教育資料の作り方 事例の伝え方で研修効果が変わる
https://research.lightworks.co.jp/compliance-edu-material