コンプライアンスを 教える

コンプライアンス事例の使い方(1) リニア談合に学ぶ他社事例の活用法

2022.1.5 更新

社員にコンプライアンス教育をする際、過去の違反事例を活用することが大変有効です。

それは、①学習意欲を刺激できる、②学習効果が高い、③実務に応用しやすい、という「3つの価値」があるからです。

半面、「3つの注意点」として、①再発性のある事例を選ばなければならない、②自社または自分の部署では起きないだろうという「対岸の火事」の意識を持たせないようにする、③予防効果に限界もある、というものも挙げられるので、コンプライアンス教育を企画する際にはひと工夫が必要となります。(詳しくは下記の記事を参照)

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しかし、「そのひと工夫がわからない」という方も多いでしょう。そこで、分かりやすく、効果的なコンプライアンス研修を企画するための事例活用方法を考えていきます。

事例素材には、他社の事例を用いる場合と自社の事例を使う場合があります。今回は、他社の事例を使うケースで、使用する価値と注意点、さらに研修プログラム例もご紹介します。

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1. 他社事例の活用ポイント

他社のコンプライアンス違反事例を、コンプライアンス研修に有効活用するには、まず他社事例を使うメリットを具体的に把握し、適した素材を選び、社員が必要とする内容に落とし込むことが大切です。

1-1. 他社事例の有効性

まず、なぜ他社事例を活用するのか、考えてみましょう。

1つには、自社に適した事例素材がない場合です。トラブル事例がないことは良いことのように思えますが、リスクが顕在化していないだけかもしれません。そのため、他社のトラブル事例から、自社にも起こり得るコンプライアンス問題について学ぶことは有益です。

2つ目は、社員の学習意欲を高めるためです。話題になった著名企業や同業他社のコンプライアンス違反事例は、社員の関心も高くなります。有益な情報を見つけるために「話題性」をキーワードにアプローチし、事例素材として活用すれば、社員のコンプライアンス意識を啓発することができます。

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1-2. 他社事例を使う場合の注意事項

他社事例を使うことで上記のようなメリットがありますが、冒頭でも説明したように、社員が「自分の担当や業務とは関係ない」と考えてしまう危険性もあります。この「対岸の火事」意識は、自社の事例を用いる場合よりも強くなる傾向があります。

それを防ぐには、次の2点を明確にする必要があります。
①他社事例が、自社の問題や研修に参加した社員の業務にどのような関係があるか
②そのトラブル事例から何を学ぶのか

ジョン・M・ケラー教授が提唱したARCS(アークス)モデルに当てはめると、社員の「注意(Attention)」をひいて好奇心を刺激し、さらに社員個人のニーズを満たす「関係性(Relevance)」につなげる工夫が必要です。(詳細は、下記の記事を参照)

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1-3. 事例素材の選び方①サイトを活用

話題になった著名企業や同業他社のコンプライアンス問題の事例は、テレビ報道やニュースサイトで検索できます。また、法律を所管する官庁のホームページには、違反事例や相談事例が開示されていますので、その中から選ぶことも可能です。(おすすめのサイトは、下記の記事を参照)

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1-4. 事例素材の選び方②アンケートをとる

こうして集めた事例も、社員が興味を持たなければ、研修効果は半減してしまうかもしれません。アンケートをとって、社員の関心をもつ事例を聞いてみてください。例えば、コンプライアンスについての相談のしやすさなどを尋ねる「コンプライアンス意識実態調査」のようなアンケートを、全社員に行うのです。

質問項目の中に、最近話題になっているコンプライアンス違反事例をいくつか挙げ、どの事例に興味があるか回答してもらいます。そうすると、その事例を用いた研修を行なう時に、“社員の○%が詳しく知りたい事例”、“営業の△%が詳しく知りたい事例”、というように、集計データを活用することができます。研修をこのような導入から始めれば、ARCS(アークス)モデルにおける学習意欲を高めるための第一歩である、「注意(Attention)」を引くことができます。

「コンプライアンス意識実態調査」は、毎年1回程度、定期的に調査することが重要で、継続することにより、経年変化を把握することができます。たとえば、最も社員が詳しく知りたい事例をランキング形式でまとめておけば、3年のうちの変化などを見ることができます。(アンケートについて詳しくは下記の記事を参照)

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2. 他社事例を活用した研修プログラムの作り方

それでは、実際に起こった「リニア中央新幹線の建設工事を巡る入札談合事件」を素材にして、談合のリスクとリニエンシー制度を啓発する、独禁法コンプライアンス教育のプログラムを考えてみましょう。研修の対象者は、公共入札を担当する法人営業担当者です。(事例は下記の記事で紹介しています)

独占禁止法 事例に学ぶリニエンシー(課徴金減免制度)活用のポイント

こうした事例を説明するには、①トラブル事例の紹介、②根拠となる法令の解説、③この事例から学ぶポイント、④参考情報、の順番で、事例素材を用いたパワーポイント資料を作成するのが効果的です。(詳しくは下記の記事を参照)

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2-1. トラブル事例の紹介

まず、入札談合事件を振り返ってみましょう。談合に参加した4社のうち、清水建設と大林組の2社が談合を認め、違反を公正取引委員会に自主申告し、リニエンシーを申請していました。一方、大成建設と鹿島建設の2社は違反を認めず、リニエンシーを申請しませんでした(2017年12月時点)。

その後、4社は、いずれも刑事告発されました。談合を担当した社員個人について述べると、談合を認めてリニエンシーを申請した2社の幹部は不起訴となりましたが、談合を認めなかった2社の幹部は、逮捕の後、起訴されています。更に、裁判の過程で、4社は38回もの会合を重ねていたことが明らかになっています。

参考)
ゼネコン大手4社起訴 大林・清水の3人は見送り 東京地検特捜部:産経ニュース(2018年3月23日)
https://www.sankei.com/affairs/news/180323/afr1803230033-n1.html
会合38回、ゼネコン4社緊密に連携 検索側が明らかに リニア談合初公判:産経ニュース(2018年7月11日)
https://www.sankei.com/affairs/news/180711/afr1807110008-n1.html

事例紹介では、当事者を関係図にしておくとより分かりやすくなります。
たとえば、「リニア談合事件」を図解すると、次のようになります。

この図のタイトルを「自主申告の判断により変わった独禁法リスク!」としたのは、学習者に独占禁止法違反のリスクを認識させ、リニエンシー制度に興味が湧く内容を意識して作成しているためです。

2-2. 根拠となる法令の解説、学ぶポイント、参考情報

このようにトラブル事例を紹介した後、独占禁止法の基本や公正取引委員会の役割、特に、談合のリスクとリニエンシー制度について解説します。その後、この事例から学ぶ3つのポイントをまとめます。3つのポイントには、自社の独占禁止法違反に対する考え方を盛り込むと良いと思います。

最後の参考情報では、社内の相談窓口などを紹介するとよいでしょう。職場で談合の疑義や上司に相談しにくいことがあった場合などに備えた、社内のホットラインや相談窓口があることを紹介することより、コンプライアンス違反の予防にもつながります。

2-3. 階層別の研修プログラム

研修プログラムを行う場合は、対象者と学習目標を明確にする必要があり、たとえば①全社員に対して問題発見力の育成を目標にするのか、②幹部社員の問題解決力の育成を目標にするのかで目的が違います。(詳しくは下記の記事を参照)

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たとえば、同じ事例を用いて「幹部社員の問題解決力を育成するプログラム」を考える場合、下記のような方法があります。

①各自でこの事例から何を学んだかを考えます。
②議論しやすい5名程度のグループを作ります。グループ内で、各自が考えた内容を共有し、なぜそう考えたかについて、意見交換します。
③自分の職場で同じ問題が発生するリスクがあるか、そして、リスクを予防するにはどうすればいいのかを議論します。
④講師が各グループの議論から論点を整理し、この事例から学ぶポイントを解説します。また会社のコンプライアンスに対する考え方や制度を説明します。

他社のトラブル事例であっても、自社で同じコンプライアンス問題が発生するリスクがあるのか、そのリスクに対して、何をすべきなのかを議論することにより、問題解決力の育成につながります。

3. まとめ

自社に適当な事例素材がない場合、他社事例を活用してコンプライアンス教育を行うことができます。特に、著名企業や同業他社のトラブル事例は、話題性もあるので自社のコンプライアンス意識を啓発する上で有効です。

事例素材を選ぶ際は、話題の事例をサイトで検索する方法と、アンケートを用いて社員が興味を持っている事例を把握する方法があります。こうしたアンケートをもとに、研修の導入で、「社員の○%が詳しく知りたい事例」「営業の△%が詳しく知りたい事例」と紹介すれば、社員の注意をひくこともできます。

本稿では、「リニア中央新幹線の建設工事を巡る入札談合事件」を素材にして、公共入札を担当する法人営業部門を対象に、談合のリスクとリニエンシー制度を啓発する独占禁止法コンプライアンス教育のプログラム例をご紹介しました。

他社の事例素材を活用する方法を参考にして、自社に合ったコンプライアンス教育プログラムに取り組んでください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある 。

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